見出し画像

エストニアの田舎で子どもから言われた「無駄な時間が多い人生を生きること」の話

 数日前に村内の学校でワークショップをやってから、私はエストニアの村、ムーストでちょっと有名になっていた。そもそも日本人が珍しい場所なので、黒髪黒い目の人が歩いているだけでも目立つ。
 散歩がてら遠くのスーパーまで歩いていたら、公園で遊んでいた子どもたちが遠くから手を振ってくる。私は手を振り返してからまた歩き出す。着いた時は雪が残るほど寒かったが、今は町に緑が圧倒的に増えた。
 小さなスーパーでアイスを選んでいると、子どもが二人やってきた。
「あー、こんにちはー」
 アートのワークショップに参加して絵を描いたり折り紙を折ったりしてくれた子だ。
「こんにちは」
「なに買ってるの?」
「アイスー。どれがおいしいか知ってる?」
 男の子は四角い小さなアイスを取り出した。
「これがおいしくて安いしオススメだよ」
「そうなんだ」
「他のはちょっと高いからね。ほら、僕は子どもだから」

 自分で自分のことを子どもという彼は、ちょっと大人びていたが、私は彼ら二人の分も含めた三つのアイスをレジに持って行った。
「カード使えますか?」
 英語で言うと、レジの女性が戸惑ったような顔をする。英語が分からないみたいだ。クレジットカード、と繰り返しているとお菓子を見ていたさっきの少年が横に来て通訳してくれた。
「すごいね、英語ペラペラだね。どうやって勉強したの」
「若い頃にアニメで勉強したんだ」

 若い頃って、お前まだ十歳くらいだろって思いつつ、私は「本当にすごいよ」と言って買ったばかりのアイスを彼に渡した。
「いいの?」
「うん、友達にもどうぞ」
「ありがとう」
 少年が公園で一緒に食べようと言うので、私は彼らと一緒にアイスの包みをほどきながら公園へと向かった。もう一人の子は同い年のようだが、ほとんど英語は話せないみたいだ。アニメが好きだという少年の英語力の高さに驚きながら、私は勧められたバニラアイスを頬ばった。
「おいしいねぇ」
「でしょう。ここに座って」
 私は少年に言われるまま、木のベンチに腰をかける。彼らは向かいのベンチに座った。
「今からそんなに英語ができてると、いろいろ活かせそうだねぇ、いいなぁ」
「僕は海外に行きたいなって思ってるんだよね。だから英語は必要なんだ」
「今からそこまで考えてるの!」
「うん。自分はなんか目標があると、それに向かって頑張れるタイプなんだ」
「すごい、自分のことよく分かってるんだねぇ」
 私は食べ終わったアイスの棒を紙に包む。もう一人の少年は家が近くだったようで、父に呼ばれて帰っていった。
「子どもの時からそこまで考えてたら、自分の人生ももうちょっと違ったものになってたかなぁ」
「後悔してるの?」
「後悔…はしてないけど、もっといろいろできたんじゃないかなーって思って。無駄な時間過ごしたこともいっぱいあったから」
「無駄って、どんな?」
「うーん、なんかぼんやりしてたり、暇だなーってイライラしてたり」
「あはは、素敵じゃない。なんで無駄って思っちゃったの」
「本読んだり、なんか作ったり、もっと生産的なことができたんじゃないかなって思って」
「生産的なことができてたら無駄じゃなかった?」
「うーん、そうとも言い切れないんだけど、いろいろやれてたら満足度は高そう。ほら、悩んでる時間って同じことずーっと考えてるとかしちゃうから」
 アイスを食べ終わった少年は、包み紙をまとめてから両手をこすり合わせ、それからスニーカーで地面を軽く蹴った。
「僕は今ね、無駄な時間が多い人生がいいなって思ってるんだ」
「へえ、どうして?」
「うちは親が厳しくてさ。勉強しなさいってすごく言われる。アニメも英語を勉強するからっていう言い訳をしたらやっと見られるようになったんだ。
 そんな感じでずっと勉強してきたけど、言われたとおりに勉強してるのってどれだけ意味があるんだろうって最近考え始めてる。テストでいい点を取ればうれしいけど、大人になったら十歳の頃のテストの点なんて、誰も気にしないでしょう? これをしたらああなって、あれをしたらああなってって計算された人生より、無駄が多い人生のほうが、自分の時間を過ごせてるんじゃないかって考えたんだけど、そんなことない?」
 少年は足でいじっていた地面から、私へと視線を移す。
「そうだね。何が無駄になるのか、今この瞬間には分からないし、そう言われてみると、無駄な時間だって思って過ごしてた時間のすべてが、なんか自分の人生としてとても貴重な物に思えてきたよ」
 子どもの頃からいろいろできて、しっかりしててうらやましいと思っていた少年が、無駄の多い人生がいいと言ってたのを聞いて、私はちょっと救われた気持ちになる。ありがとう、と小さい声で言うと長いまつ毛を開いて私に聞く。

「僕とアイスを食べている時間って無駄だった?」
「それは最高だったよ!」

===
これまでのお話がまとめて電子書籍になりました!
電子書籍は目次があるので読み返しに便利ですよ^^

▼旅の言葉の物語Ⅱ/旅先で出会った50篇の言葉の物語。
http://amzn.to/2rnDeZ0
▼旅の言葉の物語Ⅰ/旅先で出会った95篇の言葉たちの物語。
http://amzn.to/2gDY5lG

(それぞれ無料サンプルがダウンロードできます)

ここまで読んでくださってありがとうございます! スキしたりフォローしたり、シェアしてくれることが、とてもとても励みになっています!