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物語のネタになりそうな『お菓子の歴史』

物語のネタになりそうな逸話をストックしているシリーズ。今日は『お菓子の歴史』という本からメモしまくります。

芸術には5種類ある。その中で最大のものが菓子作りである。
by マリー=アントワーヌ・カレーム

お菓子の歴史P19

カレームさんは『王の菓子職人』というお菓子本を出版しています。

1)デザートは6皿まで

1563年、シャルル9世の時代、裕福な者たちに贅沢な食事を控えるように命じた政令には、デザートに「果物、タルト、パイ、チーズなどを6皿以上出してはならない」と書かれていました。

6皿、多くない?

2)アイスクリームは中国から

保存した雪とはちみつ、フルーツの果肉、フレッシュチーズをもとにつくられた初期のアイスクリームは3000~4000年前の中国ですでに発明されていた。

3)紀元前2500年にはパンがあった

墓の壁画や残された文書によって、紀元前2500年にはもうエジプトのパン職人がアッシリア人のように日常のパンや特別においしいパンをつくっていたことが確認できる。パンが大好きなギリシア人は少なくとも80種類のパン菓子を市に並べており、その多くが地域の名産品でした。
粉からパンつくった最初の人、めちゃくちゃすごいよね!

4)パティシエの権利と義務

パティシエの親方は、自分の仕事および店で作るものすべてをできるだけ見せて教え、食事と住まいを与え、身内の者のように親切に扱うことを約束する。

上記のような徒弟修業の契約書があったようです。住み込みで修業させてたんだね。18世紀半ば以前のパティエの店は、焼き肉店やキャバレーに似た感じで、得意客の前で生地をこねて菓子をつくることもしていました。
18世紀初めの摂政時代を境に、装飾や陳列に気を配られるようになり、ヴェルサイユ宮殿に迎えるように客をもてなすようになったそうです。美しい陳列は購買意欲を刺激するので、売り子も含めて見栄えにこだわるようになっていったみたいです。
マリー・アントワネットが言ったという「パンがなければヴェルサイユでブリオッシュ(お菓子)を食べればいいのに」という言葉がありますが、フランス語で「ブリオッシュをつくる」というのは、「へまをしでかす」という意味の言葉になります。

5)コロンブスによってサトウキビが持ち込まれる。

1506年にコロンブスの仲間によってサトウキビが持ち込まれると、金持ちでも使いきれないほどの砂糖が出回るようになります。薬剤師兼香料商人たちは、西暦1000年ころから、「これを食べれば病気にかからない」と思わせて、儲けの一部を健康な人たちから稼ごうとしていました。ボンボンやドライフルーツが消化をよくする効果があるとされたためです。
北フランスやベルギー南部の祝宴の最後には砂糖のタルトが必ず出てきます。

6)カラメルを扱うカナメリストたち

加熱した砂糖「カラメル」を扱う職人のことをカナメリストと呼び、糸砂糖やパスティヤージュを使った菓子細工がつくられています。17世紀の終わりには菓子作りの主要な材料になってたんですね。

7)魔法の飲み物チョコアトル

チョコレートの学名は「テオブロマ」で、神の食べ物という意味でした。神が育てた原初の樹木カカゥアトルの実を砕いて煮立った湯に溶かすと、魔法の飲み物チョコアトルができた。この飲み物には催淫性があるとされ、この世では貴族と兵士しか飲むことが許されませんでした。

現在のフランスのタルン県にあたるアルビ地方は、中世より非常に豊かで、美食の伝統を誇る土地だったため、夢の楽園(コカーニュ)と呼ばれていました。

8)ベルギーのワッフル

ベルギー王国の全ての都市が、いまでも独自のワッフルレシピをもっています。中にたっぷりはちみつを塗った円形のワッフルが「ストロープワッフル」。屋外でワッフルを焼いて売るみたいなこともあったみたい。

9)パン・デピスの秘訣は生地を寝かせること

パン・デピスの生地は、3か月から半年ほど冷所に保管された木製の容器の中でじっくり寝かせることで、熟成しました。

パン・デピスについては、聖職者がかぶる帽子(キャロット)をかぶった男の横顔を描いたクークを売っていた。その男がシャルル10世で、シャルル10世がキャロタン(坊主びいき)だと揶揄してるんじゃないかと疑われてしまったようです。職人の主張はキャロタンではなく、国王のウェーヴした髪型を表現したとのことで、裁判所は「焼き型に有罪を宣告」。焼き型は破壊されましたが、つくられたパン・デピスには罪がないということで、現在でも博物館に保管されています。

焼き型が有罪になっちゃったところがおもしろいですね!

10)青酸カリはアーモンドの香り

推理小説によく出てくる青酸カリはアーモンド臭がすることで有名ですが、川の手袋もアーモンドの香りがします。

11)パンを配るという施し

パンの聖性を通して施しをするという行為は、最初は貧者の救済でしたが、そのうちに富のひけらかしや、持てる者のデモンストレーションになっていきます。ルーマニアの教会に日曜日に行くとパンがもらえるのをなんか思い出しましたよ。

12)マドレーヌにまつわる逸話

マドレーヌにはいろんな逸話があるようですが、その一つは口論の末に仕事を放りだしたパティシエの代わりに、召使女が手早くつくったというもの。娘の名前がマドレーヌだったそうです。

13)ブリオッシュにまつわる失われた習慣

とっておいたブリオッシュを翌年の新兵のリーダーに贈ることを「パンを渡す」と言いました。また、北フランスのキュイニェという婚約菓子は、末永い結婚生活を象徴する「細長い形のケーキ」で、娘がつくったキュイニェを求婚者に贈ることで婚約の同意を表していたものだそうです。

ほかに、ブルターニュでは恋人が正式に結婚を申し込むとき、求婚者の母親か代母から「プロポーズの菓子」が贈られ、娘がプロポーズを受けると、まったく同じ菓子がお返しに贈られていました。

14)黒いレーズンは喪のシンボル

死者の家族が参列者にレーズン入りの発酵生地でつくったケーキを一切れ贈っていました。レーズンがはいった菓子を贈るのは、悲嘆にくれる家族を慰めてくれたお礼の意味があったためです。

15)ティラミス

ティラミスの意味は「私を強くして」だそうです。軽く調べると「元気になるお菓子」っていう意味合いがあるみたいですね。

16)レシピの分量はクルミぐらい、みたいな表現

お菓子のレシピ本では、重さなどの単位はいっさい使われず、クルミぐらいの大きさ、リンゴくらいの重さ、お祈りを唱える時間、みたいな感じで書かれていたそうです。このあいまいさはおもしろいですね!つくる人によって微妙に違いそう!

17)死者のパン

パン・デ・ムエルトスという小型のパンは11月1日のメキシコで食べられるもので、死者のパンという意味があります。この日はメキシコの祭日です。パン・デ・ムエルトスは砂糖がどっさりかけられており、死によってもたらされる生命を象徴しています。粉は穀物=地中で腐敗したのち再生する植物からつくられるからです。

お菓子の歴史もいろいろでおもしろい!さらに詳しく知りたい方はぜひ、こちらの本を読んでみてくださいませ!

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