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出雲で「普通に生きてるだけじゃダメなの?」っていう聞かれて答えられなかった時の話

 直島に宿泊した後、昔から行きたかった出雲までバスで向かう。出雲大社に着いた時は雨が降り始めていて、木陰で休みながら社を見て回る。一通り見終わると、することがなくなってしまった。夜行バスの時間まではまだかなりある。海岸沿いに変わった岩があるらしいと知り、ゆっくり歩くことにする。二月の出雲はまだ寒かった。

 隕石のように落っこちたみたいに波打ち際に突き刺さる岩を見ながら、大きめの石に腰かける。厚い曇り空に、思い出したように降り始める雨。せっかくの旅が少し残念な気持ちになる。空が明るいだけで、気持ちも明るくなるのに。

 少し先に、同じように座って海を見ている人がいる。髪の長い女性で、靴を脱いだ裸足の足を砂浜に埋めている。砂が彼女の靴になっているようで、あったかそうに見えて、私はさりげなさを装って近づき、声をかける。

「地元の方ですか?」

 彼女はちょっとびっくりしたように肩を少し上げて、私を見上げる。

「あ、はい」
「気持ちよさそうですねー。砂が靴みたい」

 彼女の近くの石の上に座る。私も靴を脱ごうかと思ったが、後で砂の付いた足をはたくのが面倒になってやめる。

 彼女があまり話さないので、ちょっと気まずくなってくる。しばらく黙ったまま二人で並んでいたが、駅のほうに帰ろうかと思い立ったところで、彼女は言った。

「旅行ですか?」
「はい!出雲大社、ずっと見たかったんですよー。昨日まで直島にいて、そのまま帰らずにちょっと足を伸ばしてきました」
「そうなんですか。旅行お好きなんですか?」
「はい、あまり行かないですか?」
「行ってみたいとは思うんですが・・・」
「そうですかー、行けるなら、どこに行きたいですか?」
「あまり思いつかないです。・・・今まで行ったところで、どこかよかったところってありますか?」

 そう聞かれて、私はタンザニアでタクシーに乗ったら、中が砂だらけで、ドアの取っ手がなくなってた話をする。その後に、モンゴルのお寺に行った時に、雪の中を馬で山登りしたこと、真冬のロシアでマイナス二五度の気温を体験したこと。

 なるべくおもしろい話をしようと考えたけど、どれも彼女の上を滑り落ちるようで、うまく会話ができなかった。

「旅行関係のお仕事なんですか?」

 そう聞かれて、私は答える。

「いえ、今はアートをやってます。前に人が入れるような大型の作品をつくったことがあって、そういうのがいいなって思ったんですね。人の表情が一瞬で変わるほど、ワクワクする、驚きに満ちた世界を作りたいって思ったんです」
「そう・・・」

 彼女はそう言って黙り込む。私は何かまずいことを言ってしまったかと思い、これ以上話さずに帰ることにする。立ち上がろうとするタイミングで彼女は声を出す。

「あの、私、ここから出たことないんですね。この町から。この町、好きだし、出る必要ないし。いろいろ、やんないとダメですかね?いろいろできないとダメ?私、今、働いてないんです。うまくできないんです。いろんなことが。空気読めないって言われるし、仕事が遅いって言われるし。今まで、人にすごいって言われることなんか、何もできてないです。何も。これからだってできないと思う。それじゃダメですか?毎日、お庭の野菜に水をやって、それでごはん作って、縫いものをして、私、それだけでいいの。どこにも行かなくていいの。家が一番好きだから。それじゃダメなの?」

 彼女の周りが氷みたいに硬直して、近くにいるだけでその感情に飲まれそうになる。彼女は私を見ない。目の前の、砂に埋めた足だけを見る。
 言葉がうまく選べずに、私はそこにいた。暗い雲とグレーの海。せめて青い空が少しでも見えるといいのに。

「野菜は、どんなのが好きですか?」
 しばらくしてからかけた言葉に、彼女は涙声で答える。

「・・・ミニトマトとか」
「ミニトマトかぁ。小さい頃、うちは両親が働いていて、鍵っこだったんですけど、鍵を忘れて家を出ちゃった時は、家の庭で誰かが帰ってくるのを待ってたんですね。その時、ミニトマトがあると、ちょっとしたおやつになって、うれしかった。ミニトマトいいですよね」

 彼女はまた黙る。私は、立ち上がるタイミングも、声をかける言葉も失くしていた。ただ、彼女の横で、彼女の吐息と風の音が重なるのだけを聞く。

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