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アートとイラストは何が違うのか~アートの価値を価格にすることで社会性をもたせるという話

画廊の山本豊津さんと公認会計士の田中靖浩の対談本を読みました。

アートの歴史から、アート界の課題を含めて議論されていて、海外の比較も含めて紹介されており、とてもおもしろい本だったのでかなりお勧めです!

本書を読んでとても勉強になった部分を抜粋しながらご紹介します。

イラストと絵画の違いは

イラストなのか絵画(アート)なのか、の違いは補足説明があるかどうかの違いだと本書では言われています。挿絵はイラストで、独自の意味や思想をもつものが絵画であると。

つまり、タッチでイラストかどうかが決まるわけじゃなく、「なんでそれがつくられたか」が重要なんですね。コミックイラストっていう言葉がありますが、絵それ自体が意味をもって描かれたものであれば、タッチがコミックイラスト調であってもアートであるっていうことです。

ただ、他の人がやったことがあるものは全てイラストレーションであるとも描かれているので、目や髪の毛の描き方などが、どこかで見たようなタッチであり、ポージングや衣装も類似がある場合には、イラストという分類になるかもしれません。

この辺り、明確な分類ってなかなか難しいと思うのですが、そもそも本人がアートと思って制作しているかというのも重要ではないかと私は思っています^^

ダヴィンチの作品は未完成ばかり

数学や解剖などに精通していたレオナルド・ダ・ヴィンチの作品が見慣性ばかりだったというのもとても興味深いです。ダヴィンチは芸術も科学と同じで「完成することは永遠にない」という意識だったみたいですね。

私自身、現代アートのおもしろさを知った時、「これは科学と同じだ!」と思ったので、とてもよく分かります。新しい法則や公式を発見した人がえらくて、現在つくっているものは、先人たちの生み出してきた作品の道筋に成り立っている、みたいな考え方です。ニュートンが巨人の肩に乗っていたという表現をしていますが、アートも先人のがんばりの上に成り立っている感じです。

そういう意味では、あらゆる人間活動は先人の残したものの上に成り立ってると言えますね。

世界で一番使われている共通言語はアラビア数字

言語についての話で、世界共通の言語は英語ではなくアラビア数字というのもおもしろかったです。ローマ数字のほうにはゼロの概念がないみたいですね。

文字をもたない民族は文字をもつ民族に征服されてきたという歴史もあるようです。文字(言語ではなく)があるということ、紙などの文字を伝える媒体があることは、意思疎通と伝達の精度と範囲が広がるということなので、人間がより集団として生きやすくなるということかなと理解しました。

売り手と買い手が同じ楽市楽座

戦国時代のマーケット・楽市楽座は、お客さんと売り手ではなく、売り手が買って帰ることもあるマーケットで、買う人と創る人が同じです。

今、よく使ってる作業配信サービス00:00 Studioも、それに近い感じかなぁと思っています。

マンガ家さんってたぶん、自分でもマンガをたくさん買って読んでるだろうし、クリエイティブが好きな人はクリエイティブにお金も払う消費者でもあるんですよね。

ただこれ、アートに関してはそこまでかぶってないかもしれないですね。アートをコレクションする人で自分もつくるという人は多くない気がしています。アートは買う層と見る層とぜんぜん違うと言われますしね。

税金と資産についての考え方

日本とアメリカの税金についての考え方が書かれていたのですが、アメリカでは自分たちの国が税金で成り立っているという意識が強いので、税に大して積極的なんだそうです。日本は税金を「取られる」気持ちが強いので、少ない方がいいなって気がしちゃいます。

日本だと国が近代化を進めてきたけど、「自分たちが」進めてきたという認識がないかもしれないというのが本書では指摘されています。どちらかというとかなり受け身の考え方かもしれませんね。

また、美術館についても「私たちの財産」という認識が、日本ではあんまり持てないかもしれません。美術館に行くことはあっても、それが自分たちの財産であるって、あんまり思わないですよね。税金で行われている事業に対しても、「私たちの」という認識があんまりないかもしれません。

美術品っていうのは、国がもっている「資産」なので、いいアートを集められれば、見せたり売ったりすることで、お金を稼ぐことができます。7つのガウディ建築を含む世界遺産だらけの町バルセロナは、いつでも観光でにぎわっています。ヴェネチアみたいに観光客が多すぎて困る国もたまにはありますが、ほとんどは人を呼べずに困っているので、世界的に有名な名所があるっていうのは、地域ぜんぶに貢献しますよね。

資産や税金に対する考え方について、日本が悪いと言いたいわけではなく、美術品を私たちの資産だと考えるだけで、保護の意識や活用の意識が変わるかなと思いました。美術っていう概念自体、日本では150年くらい前に構築されたもので、割と歴史的に新しいんですよね。

美術を活用して外貨を稼ぐっていう意識があんまりない、というかイメージがつかないかもしれません。歴史や食文化を利用して観光客を呼ぶというのはイメージがつきますが、新しい美術もお金を稼いで国を豊かにしてくれるものだってなかなか実感できないかもしれません。

「お金がなければ文化は守れない」と本書でも書かれていましたが、国宝や重要文化財を保存しておくのってお金がかかるんですよね。価値を保ったまま保存するには、きちんとした手入れが必要です。美術品がそれだけでお金を稼いでくれることなく、税金を使って保存されてる場合、私たちはその保護のために税金を取られ続けることになります。

美術品を資産と考え、美術品自体でお金を稼いでくれるようになったら、その分の税金が浮くって考えることもできますよね。お金がまわらないと結局廃れるしかなくなってしまいます。

美術だけでなく、科学技術も同じです。どちらも良いものはお金を稼ぐ力があります。クリエイティブやサイエンスでちゃんとお金を稼いでもらい、次の制作や研究ができるようにしていけたら、その業界に関わってなくても、その恩恵が受けられますよね。

美術品関係者が、税法の減価償却のことだけを考え、美術品が「どれだけ利益を生むのか」というマーケットプライスや経済的利益の話を考えていないのはもったいないというのが本書で指摘されています。美術品を活用しきれてないので資産価値が減ってしまうのだと。

アメリカだと主要美術館や博物館には無料で誰でも入れる日があります(正確には任意の寄付。1ドルでもいい)。美術学校が一般向けに無料セミナーを頻繁に開催してるなんかもあるんですね。超有名ギャラリーのガゴシアン所属のアーティストや美術批評家などと誰でも直接話すことができます。

文房具と違って、アートは価値が分かりにくいです。言ってしまえば作った人の「言い値」が価値ってことになるかもしれません。でも、それが本当に価値なのか。初めて見るアート作品に価値を見出すのって、訓練してないとできないと思うんです。ニューヨークだと小さい町中に美術館やギャラリーが乱立しているので、たぶん、生活する中でそういうのを覚えていくと思うんですね。

価値をつくり、それが価値だと言い続け、周りに認めさせるっていうのは、他者からの評価を待つのとは全然違う態度です。アートをつくって売るというのは、価値をつくることなので、繰り返しやっていないとなかなか身に着かない態度かなぁと思っています。

価値をつくり価格をリードすることで価値を守れる

日本では芸術がお金持ちの趣味になってしまい、フランス人のように一般人が絵を買うという慣習が育たなかったという歴史があります。さらに、人目にさらされると価値が下がるという通念ができて、美術品を秘蔵するようになりました。

戦後の日本は「誰かが価値を決め」それに従うことに慣れてしまったと本書では言います。自分たちで価値をつくり、価格をリードしていく、評価していく感覚が日本人には薄いのだと。

この辺りはもしかして、チップ文化にも関係するのかもしれないなと思いました。固定の金額を払えばいい日本と、ふだんから受けたサービスの価値を価格で返す習慣があるチップ文化の国と、価値に対して意識する機会が圧倒的に違うんじゃないかなぁと思ったのでした。

美術教育で足りないのは、価値が価格に変わるのはどういうことかと理解する知性だというのが本書では言われています。アートをお金で換算するっていうのが、日本だとやや嫌われるところがあるんですよね。だから芸術家は貧乏でいてもらいたいみたいな見えない圧力があるように思うのです。

私自身、どうやって生き残っていこうかと考えて行動してきましたが、それに対して「ビジネスっぽい」と揶揄されることもあります。とはいえ、活躍の場を広げていくこと、アートのみで生活していくことを考えてやっていかないと、そもそもアート自体がつづけられなくなってしまいます。

アートの価値の分かりにくさや作品の分かりにくさがアートの理解を遠ざけている気もするので、作品を見るおもしろさをもっと伝えていけたらなと思っています。

本書では、価値が価格に変わらないと社会的な意味をもたないというのが描かれていたのですが、アート作品の価値って「価格」で表されていないと客観的な評価ができないんですよね。作家はもちろん、すごい価値があるんだ!って思ってる。でも、周りから見てそれが本当に価値があるのか、素材や類似品との比較ができないからアートは難しいです。

たとえば、あるアート作品の価値が「30みじんこです」と言われても誰も分かりません。これがどこかの通貨を使った価格になっていれば、ほぼすべての人類に判断がつくようになります。そういう意味で、アートはアーティスト独自の通貨をつくることに等しいなと思っています。

化けるアーティストの特徴とは

最後にご紹介したいのは、山本豊津さんが感じる化けるアーティストの特徴です。自分の人生は商品をつくるためだけにあるのではないと考えている人が急に化けるそうです。10万円で売っていた作品が10年で150万円とかになってしまうことがあるとか。商品化の反対側のテンションが高い人のほうが化け、100%商品をつくっているアーティストの作品は化けないと言います。

「売りやすい」作品ってあるんですよね。日本だとサイズが小さくて好かれそうな絵柄でキャンバスみたいに飾りやすいもの、とかですかね。

アーティストだって生活していかないといけないので、自分の作品が売れるかどうかは考えるのですが、売れやすいことに意識がいってしまうと、アートを創っているのではなくなってしまうのかも。とはいえ、もちろんアーティストも食べていかないといけません。

自分の思考をチェックして、アーティストとして作品を深められているかを自問する必要はありそうです。

アートや会計の歴史から日本のアート業界の問題点まで網羅された名著でした。とても分かりやすかったので、気になる方はぜひ読んでみてくださいね!



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