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「未来がどんなに不安定でも、確かなものは身近にあるじゃないか」の話

「突然不安になってしまうことがあるんです。今ある職業の多くって、三十年くらい前は、なかったものじゃないですか。今、自分が一生懸命生きていても、五十歳くらいになって、いきなり仕事がなくなっちゃったらどうしようとか」
 未来の予測なんて、誰にもつかないと言われる。それはそうだ。予測不能の自体が来た時、まだ自分が若ければ、やり直しもできるかもしれない。でも、年を取った未経験者を取りたいと思う会社は果たしてあるだろうか。技術の進化によって、自分の持っていた技術が全く無価値になってしまった時。それでも自分は、社会の中で必要とされていると思えるだろうか。

「その不安は正しいよね。実際にそうなる。誰もが分かってることだ」
 老人は紅茶を新しく注ぎながら言う。室内に紅茶の香りが広がっていく。彼はデンマークに住むアートコレクターで、香りがとても好きだと言っていた。
「そしたらやっぱり、不安を抱えて生きていくしかないってことでしょうか」
「あはは、不安は抱えるかもしれないけど、確かなものは身近にいつもあるじゃないか」
 老人の言葉を私はうまく理解できない。仕事も常識も、何もかもが変わってしまう世界の中で、ただ不安の中で生きなければならないとしたら。

 それを幸福な人生と呼ぶことは、私には難しい。

「大事にすべきことは、とてもシンプルだ。シンプルな世界になっていくことは、私にとっては歓迎すべきことだ」
「なぜシンプルだって思うんですか?」
 老人の答えは私にとっては意外で。でもとても当たり前のことだった。

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