ドイツのホーエンシュタインで聞いた「迷うのは『進め』のサイン」という話

 四月二十六日に一度、ロシアから日本に帰国し、今度はドイツのホーエンシュタインに来ている。空港まで迎えに来てくれたスタッフさんによると、ホーエンシュタインは「世界の終わりに最も近い場所」だという。人口は一二十人。学校もスーパーもない。

 ホーエンシュタインは緑に囲まれた小さな村で、私は着いてから毎日、制作の素材として石を集めて歩いている。日本人がここのプログラムに参加するのは初めて。ウェルカムパーティをやってくれた影響か、村の人たちが私のことを覚えてくれて、一人で道を歩いていると声をかけられる。

「Hello! 石、拾ってるの?」

 家の庭にいる女性が柵ごしに手を振っている。私は近づいて話しかける。

「Yes、雨もやんだから」
「そうそう、今週はおやすみなの。庭の片づけでもしようかと思ってたのに雨が降って。だから今日はほとんどソファーで寝てるばかりだったわ」

 薄い青色でやわらかい生地のジーンズに、ちょっと派手なピンク色のパーカー。短いイエローアンバーの髪。「英語があまりうまくなくて」という彼女の英語はすごく流暢だ。

「ソファーで横になるって素敵な休日じゃないですか?少なくとも、石拾いしてるよりずっといい」

 そう言うと、彼女は声を上げて笑う。

「あはは、本当ね。石は作品のため?ユニークね」
「はい、色塗ってるんです」
「どうやって使うの?」
「まだ悩んでますねー。色を塗ってから並べる予定ですが、どこにとか、どうやってとか」
「そう、楽しみね」

 冷たい風が吹いて、二人で肩をすくめる。

「日本からここまで、アートのためにやってくるって素敵な生活ね」
「そうだといいんですが。今回は特に、今も作品の制作プランについても迷ってるから。ちゃんといいものが発表できるといいなって思ってはいます」
「そう。アーティストとしては長いの?」
「今の絵を描き始めてからは五年くらいでしょうか」
「あら、ずいぶん短いのね。アートは大学とかで?」
「いや、ちゃんと学んだことはないです。本を読んだり、アーティストさんたちに話を聞いたり」
「そう」
「まだまだ、これで生活していけてるわけじゃないし、これでやってけるのかなって考えちゃうこともあります。特にほら、今は石拾ってるじゃないですか。ドイツまで来て石拾ってるってなんなんだろう、自分って。客観的に見るとおかしくないですか?」

私は自分で笑いながら言う。

「そうねえ。でも人生で迷うことがあれば、それは『進め』のサインなのよね。それは、行ったことのない道に行きたがっている自分と、初めてのことに恐れる自分の声がぶつかり合っている時だから。でも、その道を歩きたがっている自分の声が本物。そっちに進めば、必ず自分がたどり着きたい場所に着くわ」
「そうでしょうか?今は、重い石を運んでるだけの生活なのに」
「ふふふ、そうよ。石をもって、それでも進み続けるの。だって、その石が下せる時が絶対に来るのは分かってるじゃない。石を置いて、顔を上げたら、そこに自分が立ちたかった場所が広がってるわ」

彼女はそこで言葉を切る。

「不安の中で迷うことがあったら、思い切ってその迷いの中に飛び込みなさい。霧が晴れるように、簡単に迷いを抜けられるから」

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