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ニューヨークで絵を描いている時に聞いた「自分の意見を伝えることで自分を大事にする」という話。

 ニューヨークで開催する個展の作品を、セントラルパークで制作していた時のこと。屋外で描いていたのは、制作がそのままプロモーションにもなるようにと思ってのことだ。もちろん、七メートルもある大きな絵を、屋内で描ける場所がなかったというのもある。セントラルパークは観光客も多くて、近くを通った人が写真を撮ったり声をかけたりしてくれた。

 入り口付近の芝生で描いていた時には、ほとんど人が来なかった。どうせ描くなら、噴水の前やストロベリーフィールズの近くがいい。次はもっと人が来そうな場所で描こう、そう思いながら、黙々と墨を走らせていた。

 気がつくと金髪の子どもが目の前にいて、「これなあに」って言ってくる。子どもの両親らしき男女が近づいてきて、子どもに何か話しかける。Why?What?子どもが次々と声をかけてくるので、手を止めて応える。もうすぐ個展があってね、その準備をしているの。これってなに?素敵な模様でしょう?何で描いてるの?日本のインク。墨汁って言うの。

 子どもが次々と話しかけてくるので、なかなか筆が進まない。子どもに喜ばれることは、本当にうれしいのだが、さすがにそろそろ描きたいな、という気になってくる。その時、その子の母親が声をかける。

「ジョン、もう邪魔しないで、こっちに来なさい」

 子どもが物足りなさそうに何度もこちらに目を向けるのを見て、思わず声をかける。

「あ、大丈夫ですよ」

 母親は私の言葉に分かったようにうなずいて、子どもに手を伸ばす。

「あなたが絵を描きたいって思ってることは、仕草で分かったわ。そう思ったことを、ちゃんと大事にしないとダメよ。自分の意見をちゃんと伝えるっていうこと。それは自分を大事にするっていうことなんだから」

 彼女は左手で子どもの手を握り、右手の人差し指を立てながら言った。子どもが母親に抱きつく。

「それと同時に意見を伝える相手を大事にすることも大事よね。反対意見を出したとしても、相手を否定したいわけじゃないんだから。でも、今回はそれは私の役目よ」

 彼女は子どもを抱きしめて、頭に何度もキスしながら、何かを言う。しばらくして、その子は母親から離れ、近くにいた犬を追いかけて遊び始める。

「ありがとう」
「いいのよ。好きなだけ描くといいわ」
「もし、今みたいに、あなたがいてくれなかったら、どうやって自分の意見を伝えたらいいんでしょうか。私はいつも強く言いすぎてしまって、それが正解みたいになっちゃうから」

 私がそう言うと、彼女はまた人差し指を立てながら言う。どうやらクセみたいだ。

「いいのよ。意見を言うっていうのは、自分を大事にすること。そこを自分で否定しないこと。ちゃんと言いたいことを言っていいの。同時にね、相手はどう思うかを聞くの。自分が言った分だけ、相手のことも聞くの。それができるよになったら、自分も相手も大事にできたってこと」

 彼女はそう言ってから、「私はそう思うけど、あなたはどう思うかしら?」と聞く。

 「素晴らしいなって思います。世界に正解の意見なんてホントは全然なくて、意見はきっと、いいものにしたい、良くしたいっていう思いからきてると思うから」

 そう言うと、彼女はかっこよくウインクして、笑顔を見せた。

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