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ロサンゼルスのスーパーで聞いた「人生を最大限楽しむ方法」の話

 家の近所の大型スーパーに足を運ぶ。肉類の棚を見ていたら、チキンが半額になっていたので、一パックを手に取る。他にも安くなっているが、たくさん買いすぎてもすぐには食べられない。
 野菜や果物のコーナーで珍しい物が置いてないか見ていると、チリチリの白い髪の毛に日に焼けた赤い肌の男性が話しかけてきた。頭にはシャツと同じ色の青いキャップをかぶっていて、押しているカートにはたくさんの食料品が入れられている。

「ナイスハットだね。キュートだよ」
「ありがとう」

 私がそう返すと、彼は白い口ひげの奥で笑いながら「人もキュートだ」と言った。

「それだけしか買わないの?チョコレートは?アイスクリームは?」

 かごもなく、半額のチキンだけを手にした私に彼はそう話しかける。

「そんなに食べられないから。半額のチキンだけ」
「それはグッドショッピングだね」
「うん、節約してるんだ」
「私は甘いものが大好きだからね。節約なんてできないよ。でも日本のほうが高いんじゃないかい?」
「いやー、今はドル高だからねぇ。野菜とかはこっちのほうが安いかも。ずいぶんたくさんだけど。こないだ99セントストアに行ったら、袋に大量のポテトが99セントでびっくりしたよー。さすがにそんなに食べられないし、重すぎるから他のにしたけど」
「ははは、キミは節約上手だ。でも人生の楽しみ方はまだまだ分かってないな。ただのガールだよ」
「ガール?」
「そう、ライフってもんを知らないね」
「そうかもしれない。人生を楽しむにはどうしたらいいかなぁ」

 たとえばだよ、彼は右手の人差し指を数回振って言う。

「今、ここにお金が出てくる蛇口があって、いくらでも好きな時にひねってお金を出していいとしたらどうする?」
「誰のでもないお金なの?」
「そう、魔法の蛇口だからね。キミにしか見えないんだ」
「それなら、好きなだけ食べたい物や欲しい物を買うかな。移動はタクシーを使って、すごくいいホテルに泊まるよ」
「いいね、そのとおりだ。じゃあ、今、キミが、好きなだけ食べたい物や欲しい物を買えるだけのお金、タクシーを使って、ホテルもいいところに泊まれるだけのお金をもっているとしたらどうする?蛇口から出して使ったのと同じだけのお金が、預金口座に入っていたとしたら」
「自分がもっていたとして・・・?」

 私はそんな状況を想像してみる。蛇口からはいくらでも出る、でも預金口座からは減ってなくなってしまうんじゃないだろうか。

「もうちょっと賢い使い方ができないか、本当に必要なことにお金を使うようにするかな。バスや電車でいいところはそうするし、ホテルも小さいところでいい」
「それだよ」

 彼は右手の人差し指をまた、私のほうに向けて数回振る。

「それ?」
「同じ量のお金なのに、蛇口の場合は使って、預金口座の場合は節約しようとする。これはどこが違うんだと思う?」
「うーん、分かんない。無尽蔵か、有限かの違いかな」
「口座にもたくさんお金が入っているんだよ。ポイントはね、自分が『いくらでも手に入ると心から信じているかどうか』だよ。
 もしもキミが、心から自分はいくらでもお金が稼げる、なんだってできる、口座はケタが数えられないほどのお金でいっぱいだって本気で信じていたら、魔法の蛇口のようにじゃんじゃん使うだろう。
 なくなってしまうかもしれない、節約しないと。そう思っていると、使わないようになる。そうしてね、本当にしたいことよりも、節約することが優先になっちゃうんだ」
「なるほど」
「本当はアイスクリームもチップスも食べたい、でも今はいいや、99セントショップでいいや。オーケー、オーケー。そう言い続けることに慣れてるうちに、それが本心のように思えてくる。自分の本心を忘れてしまうんだよ。そして死ぬ前に、『ああ、もっとたくさんアイスを食べておけばよかった!』そう言うんだ」
「あはは、それ、あるかもしれないです。私、アイスが好きだから」
「ふふふ、今のはね、去年死んだ妻のセリフなんだ。彼女もアイスが大好きだったんだけど、病気になるからってやめてたんだよ。でもどうせ死ぬなら食べればよかったってね」
「そうかー」
「限界なんてないんだ、この世界で楽しいこと、嬉しいこと、それは全部自分のものにしていいんだ!全部味わっていいんだ!それをちゃんと心から信じることだよ。人生の最後に、無限の貯金を残したまま死ぬなんてもったいないだろう?蛇口から豊かさが出てるのを知って、好きなだけ使い尽くすといいよ」

 素敵だね、いい話をありがとう。私はそう言って彼と別れる。信じる、というのは意外と難しい。数年前の自分は、海外でアートの発表ができるなんて想像もしてなかった。夢でしかないことだと思っていた。でも実際にできるようになってみると、意外と誰でもできそうなことだったなという気がしている。自分にとって当たり前のことになったということだし、つまりは自分で「できると完全に信じている」ということだ。

 でも、一足飛びに信じられる状態になったわけじゃなくて、本当に少しずつ、もしもできたらいいな、そうなったら素敵だな、という状態をつづけながら、到達した心境だ。今すぐ、自分には魔法の蛇口が見えているんだと完全に信じるにはどうしたらいいんだろう。

「限界なんてないんだよ、この世界の楽しいことは全部味わっていいんだ」

 私はその言葉を思い出しながら、自分が今、本当にしたいことはなんだろう、と問いかけた。
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