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魔女の宅急便のキキの部屋がある村で聞いた「本当の意味で感謝するということ」の話

 オーストラリアにはジブリ映画ゆかりと呼ばれる場所が多い。といっても、「それっぽい」というだけで、正式にそこが元になったという話はない。

 タスマニアのロス村にあるパン屋さん、その名もロス・ビレッジ・ベーカリーは魔女の宅急便のキキの部屋があることで、毎年多くの日本人が訪れる。
 映画公開前からあったわけではなく、ここに滞在した日本人が「キキの部屋っぽい!」と噂をしはじめ、ビデオが送られたりしたことから、パン屋さんのほうで、キキの部屋に合わせて改装したのだ。
 オーストラリアでは一部屋いくらでの支払いとなるため、人数が多いほうが安く泊まれる。私はゴールドコーストのシェアメイトの女の子と一緒に、シドニーからタスマニア、メルボルンを経てパースに行く旅程でいた。

 部屋には小さいホウキと、日本から送られたらしいキキのフィギュア。それに「魔女の宅急便」の日本語版ビデオと、なぜか小柳ルミ子のタスマニア探訪のビデオが用意されていた。

 私とシェアメイトはそれぞれ別々に、村の中を歩き回った。小さい村なので端から端まで簡単に行きついてしまう。
 村の真ん中に年配の人たちが集まっていたのを見つけ、私は様子を見に近づく。折り畳みの椅子と小さなテーブルを置いて、どうやら刺繍をしているようだ。二十人くらいが集まって、お互い教え合いながら刺繍を楽しんでいる。

「わー、きれいですね。写真撮ってもいいですか?」

 私はそのうちの一人に話しかける。色とりどりの花があしらわれた鮮やかな刺繍だった。

「もちろんよ、どうぞ」

 まっ白い髪の彼女は、私が写真を撮りやすいように、刺繍を傾けて見せてくれた。

「ありがとうございます。今日は刺繍の日?」
「そう、定期的にやっているの」
「外で刺繍するなんて、なんか気持ちよさそうですね」
「ええ、ほんとに」

 丸い眼鏡の奥の目がやさしく笑う。

「日本から観光?」
「はい、ワーキングホリデーで九ヶ月くらい。もう少しで日本に帰るんですが」
「そう、ご両親がきっとさみしがってるわよ」
「そうですかねー?」
「そうよ、母親ってそういうものなの」

 そう言われて、母を思い出す。彼女は、丸まった背中で、時折メガネを直しながら、静かに刺繍をつづける。指には青い宝石のついた指輪が光っていた。

「母に感謝をしないとだなー」
「Good! そう、そうするといいわ」
「でもなかなか、なんて伝えたらいいのか、よく分からないけど」
「家族だと照れくさくなっちゃうことってあるわよね。でも難しくないのよ、ただ『ありがとう』って言えばいいだけ」

 彼女はそう言ってから、顔を上げて私を見る。

「旅行に連れていくとか、おいしいごはんをご馳走するとか、そういうのがあってもいいけど、気持ちを伝えるっていろんな方法でできるものなの。
 大事なのは、本当にその人のことを大切だって思っていること。意外とね、人って相手に感謝してるっていうより、何かしてくれたからありがたいって考えてしまうものなの。
 理由があるっていうことは、行為に対する感謝でしょ。そういうのは、行為がなくなったら感謝も一緒になくなっちゃうのよ。
 そうじゃなくて、その人がいてくれたっていうことだけに感謝するってこと。 存在している今に感謝するっていうこと。
 だって、私たちって、いつかはみんないなくなっちゃうのよ。なのに、こうして会って話せてること、それだけで十分素敵じゃない。それだけで十分、私はあなたに感謝だわ」

 私は私自身を振り返ってみる。彼女に会えたことはうれしいけど、もし毎日会ってたら当たり前になってしまうだろうし、毎日会わないといけないとしたら、そのうち億劫に感じるようになるかもしれない。

「存在をずっと感謝し続けるって、どうしたらいいんでしょうね。私はどうしても慣れてしまう気がします。当たり前になって、心から感謝してるかって言われたら、フリをしているだけになってしまうかもしれない」
「それはね、自分のことが大事にできてないってことなの。毎日一緒にいる存在の自分が、当たり前になっちゃってるっていうことなのよ。
 まずは自分自身に感謝できるようになること。自分への感謝が当たり前でなく、かけがえのない存在なんだって心から思えたら、他の何かへの感謝も、同じようにできるようになるから」

 彼女はそう言って、また視線を手元に落とす。赤い糸が布の上で模様に変わっていく。

「自分自身に感謝すること」

 彼女の言葉が身体に染みわたる。つなぐ言葉が出てこなくて、私は彼女の刺繍ができあがっていくのを、ただ横で立って見つめていた。

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