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世界最大の砂の島、フレーザー島でドイツ人女性と話した「構ってほしい気持ち」について

「フェイスブックで愚痴を書くのってさ、公害だと思わない?」
 ドイツ人の女性はパソコンを見ながら言った。

 オーストラリアにフレーザー島という世界最大の砂の島がある。ワーキングホリデー友達にも評判の島で、友達が「Must go!」というので、シェアメイトと二人でツアーに参加した。当日はあいにくの曇り空で、友達がみんな絶賛していたはずの海の色は鈍かった。それでも砂浜に刺さって停止した沈没船の美しさに心が逸る。カメラを持っていいアングルを探す。白い砂は私を少しだけ足止めする。

 詰め込まれたワゴンの車内で、フェイスブックアカウントの交換が行われていた。オーストラリアに来てから、人に会うたびにフェイスブックアカウントを聞かれるので、私も作ることにした。海外ではフェイスブックが主流なのかと知る。とはいえ、使い方がよく分からないし、アカウントがあるだけで放置状態だった。

 頻繁にフェイスブックを使っているらしい彼女は、宿泊先に着いてからパソコンの画面を指さした。フェイスブックの青い画面に彼女のアカウント、そこに長文の英語が書かれていた。読もうとして私は顔をしかめる。スラング交じりの英語で意味が分からない。

「この女の子、リアルでも友達なんだけどさ、いつもこうやって長い愚痴を書いてるの。朝起きて最初に目に入るのがこの文章だと、私まで気持ちが沈んじゃう」

 私が何を書いてあるか簡単に説明してほしいと伝えると、彼女は「上司の悪口と仕事の不満」と短く言う。私は少し考えてから

「たぶん、誰かに構ってもらいたいんだろうね、助けてほしいっていうか」
「そう。でも見て。誰もコメント入れてないでしょう?」
「誰も構ってくれない?」
「うん。最初はどうしたの?がんばって!って、みんなもコメントしてたの。でもね、ずっとそればかりが続いていると、構うほうだって疲れちゃうのよ。またかって気持ちになるじゃない」

 彼女はそこで言葉を切った。

「そのうち、どんどん愚痴の文章が長くなってきたの。何人かの友達は彼女のフィードが見えないように設定しちゃったって言ってたわ」
「最初に構ってもらえたから、同じように誰かが構ってくれたらって思うんでしょうね。それがエスカレートして…」
「あなたならどうする?私はね、それでも彼女は友達だから、何かコメントを返さないといけないかな、無視するなんて冷たいかな、とか考えちゃうのよね」

 私はちょっと天上を仰いで考え

「最初から何もしないと思う」と言った。

「どうして?」
「私、自分がけっこう依存しやすいのを知ってるんですよ。構ってほしい性格なのも。一度構ってもらったら、それに甘えて立ち上がれなくなることも。でも、何も支えられるものがなければ、結局自分で立ち上がる。同じように、すべての人は自分一人で立てると信じてるから…」
「うん」
「その人が一人で立ち上がれると信じて、何もしないかな。相手によると思うけど」

 彼女は数回うなずく。

「この子ね、『人のためになることがしたいの』っていつも言ってるのよ、会うたびにね。でも、こうして愚痴を大勢の人にふりまくことで、自分がしてることが『人のためになってない』ことに気づいてないのよね」
「行動を見返すといいんでしょうね。自分の言うことだとそれが真実だと、自分では思ってしまうけど、その人の真実を映すのは『その人の行動』だから」

 彼女はそれを聞くとパソコンを閉じた。

「私の行動もよね。友達の愚痴を、会ったばかりのあなたにしちゃったから。せっかくこんなきれいな島に遊びに来てるのに」
「いいんじゃないですか?たまにはそういうことがあっても」

 それから彼女と私はミルクティーを注いで、沈没船の話やお互いの国の話をする。愚痴は彼女の本音で、最初にそこを話せたことで、彼女との距離が縮まったような気がした。

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