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其之四 黒いアゲハ蝶

場所は江戸川区の公園。正午になるかならないかというタイミングの時間。
ひらひらと舞う黒いアゲハ蝶を僕は眺めていた。

僕の周りを中々離れようとしないので、さすがに様子が気になってきた。
“虫の知らせ”ではないが不吉さを感じ、何の解決にもならないだろうが、興味本位でスマホで「黒いアゲハ蝶」と検索してみる。
沢山出てきた検索結果の中で「死者からのメッセージ」という一節が妙に目に留まった。
縁起でもないが、遠く離れた広島の地にいる父や母、そして叔父に何か不幸でも起きたのではないかと不安になり、僕は慌てて握りしめたスマホから叔父に電話をかけた。

「プププ…、プププ…トゥルルル~」
「おう、マサ!久しぶりじゃのう~元気か?忙しゅうしょーるか?」
「うん。まあぼちぼちだね。しんくんはどう?」
「まあ、わしゃ変わらんよ。コロナの影響でまだまだ人が集まらんけぇ、事業は停滞気味よ~」

「そうか、しんくんも大変なんだね。ところでさぁ、おれもう、福山に戻ろうと思うんだけど。」
叔父と話し始めると急に懐かしさが込み上げ、何の算段もないのにも関わらず、思わず“福山に戻る”と口をついて出てしまった。

「ほぉか~!やっと決心したか!抱きしめてやりたいわ!マサが戻って来てくれたら嬉しいのう~、で、いつ戻るん?」
叔父の反応は驚くほど無邪気で、僕の発言に素直に喜びを表現してくれた。

「いや、もう今晩にでも戻りたいくらいだよ。」と咄嗟に“今晩にでも”と言ってしまった。

「ほぅか~分かった!待っとるで。今晩出るゆーことは、到着は明日の朝か。到着したら連絡くれな。」
叔父は突発的な僕の言動に対しても、訝しむことなどなく自然と受け入れてくれる。

「姉さんには連絡しとけよ。わしから電話しといてやろうか?」“姉さん”とは僕の母のことだ。
「いや。おれから連絡しとく。これからすぐに電話するよ。」
僕はそう言って、叔父との電話を一旦切った。

何かあると、僕は決まって両親より先に叔父に電話する。
考え方も柔軟でフットワークも軽い叔父は、大概のことに驚きもせず、甘えさせてくれるからだ。


叔父との電話を切った後、約束通りすぐに母に電話をかける。

「プププ…、プププ…トゥルルル~」
「……あ、もしもし、マサ?なんよ?あんた、随分久しぶりじゃねぇ。どしたん?」

「あ、いや、ふと気になってさ。」僕は煮え切らない返答をする。

「あんた、仕事はどう?順調なん?いつこっちに戻ってくるんよ?」
一年以上、話していなかっただけに、矢継ぎ早に母は質問を僕に浴びせる。

「仕事は、順調とは言えないな。つい先日、大口のお客さんとの契約を終わらせて、今新しい取引先を探しているんだ。」
僕はこの電話から約二か月程前に、個人事業主として活動し始めた時からお世話になってきた大口のお客様との契約を、自分から終了にしていた。

「そうなん。まあ、よう分らんけど、気張りんさいや。」
母は、事の経緯等は一切訊かなかった。僕も自分の仕事については特にそれ以上話さなかった。

「あんた、ユウコさんとこの間電話で話したんじゃけど、あんただけ千葉において、3人でこっちに越して来たいぐらいじゃ、言ょーたで。」
「ちゃんと話はしょーるん?意思疎通できとらんじゃないの?」
ユウコとは僕の妻だ。母と妻は馬が合うのか、僕抜きでよく連絡を取り合っているらしい。“3人ででも福山に引っ越したい”なんて言っていた事、僕は初耳だった。

実はかねてより、家族で故郷の広島に移住して暮らしていく事が僕の目標であり、コロナ禍によりリモートワークが普及が加速したしたことで、広島へのUターンがより現実味を増してきていた。

「新しい家も2階があんた達の分じゃけ、毎日毎日掃除して待ちよるんよ。」
さらに両親は、僕らの移住を念頭に置いて、福山市内の実家から車で10分程度の場所に中古住宅を購入し、新しい暮らしを始めていた。


つづく


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