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この曲で、踊る。

男子新体操という、マイナースポーツがある。競技人口は約2,000人。その多くは高校や大学の部活に所属するアマチュアの選手達だ。男子新体操は日本で独自に発展した競技で、国際体操連盟(FIG)には正式種目として認められていない。

世界大会はない。
プロもない。

そのため、選手達の多くは高校3年生、大学4年生を自らの競技人生の「ラストイヤー」として迎える。しかし今年はコロナ禍により、高校生の選抜大会やインターハイは中止になり、大学生の東西インカレも中止された。

世界中からの絶賛の声

極東の国のマイナースポーツである男子新体操は、世界中に熱狂的なファンを持つ。

2018年全日本インカレでの青森大学の演技は、すでに183万回以上視聴され、世界中から絶賛のコメントが寄せられている。

「なぜこのスポーツがオリンピック種目になっていないのか」

「こんなに素晴らしいスポーツがあったことを、自分はこれまで知らずにいた。もっと多くの人が知るべきだよ!」

そんなコメントが何十、何百と寄せられ続けている。

華やかな演技の裏にあるものは

男子新体操は「人に見てもらう競技」だ。
選手達は口々に言う。
「お世話になった人たちに感謝の気持ちを伝えるために」
「見てくれる人達に感動を与えられるように」

そんな彼らの日々は、地道な練習の積み重ねだ。新体操に必須である音楽は、実は演技の構成ができてから、後でつけることが多い。まずは試合で勝つための「要素」であるタンブリングや柔軟、バランス、徒手といった動きをつなげた「構成」を作り、その後に音楽をつけて演技を仕上げていく。「同調性」と呼ばれる、6人が一斉に同じ動きを行う場面では、体のあらゆるパーツの角度と向きが完璧に揃うまで、ひたすら反復する。わずか数秒の動きに何時間も、何日もかける。「分習」と呼ばれるパート練習や「通し」と呼ばれる全体を通す練習では、彼らの演技の曲が、おそらく数万、数十万回単位で流される。

新体操の音楽は曲だけではない

新体操は、音楽(曲)がなければ成立しない。
だから、その年の構成にふさわしい曲を、選手・監督は必死になって探す。ある選手がこんなことを語ってくれた。

好きなゲームで使われている曲を検索していたんです。でも、それがなかなかヒットしなくて。何度やっても、違う曲が検索にかかってくるんです。で、試しにその曲を聞いてみたら、それが意外と良くて。結局、その曲を使うことになりました。

そして「たまたま検索に引っ掛かった曲」を使ったそのチームの演技は、海外のメディアでも紹介され、1,400万回もの視聴回数をたたき出し、世界中から絶賛を集めることとなった。

男子新体操で使われる音楽は、多くの場合、演技の長さや選手の好みに従ってアレンジされる。見せ場で効果音を入れたりもする。しかし何といっても、試合会場での「音」こそが、彼らの音楽を完成させる特別な音符だ。

コールされた時に会場中から湧きおこる「ファイトー!」というかけ声。
技を決めた時の観客の拍手。
選手達の呼吸音。
体がマットを打つ振動音。
応援席の、声にならない「よしっ!」という囁き。

それら全ての音が渾然一体となり、曲が終わると同時に歓声と拍手がマット上に降り注ぐ。

これこそが、「彼らの勝負曲」である。

しかし、今年は最高峰の大会である全日本新体操選手権(通称ジャパン)の無観客試合が決まった。そこにいるべき人がいない、そしてあるべき音がない試合が11月に行われ、今年の試合シーズンが終わる。

音楽が彼らを自由にする

試合では、演技が始まる直前が一番緊張すると、ある選手は言う。逃げ出したくなるようなプレッシャーと戦いながら、マットに上がり、ポーズを取る。ただし緊張はそこまでなのだそうだ。音楽が流れると、そのメロディーとともに体に刻み込まれた動きが、彼らの心を緊張から解き放つ。

団体の演技は3分。体力の消耗は、3分間の全力疾走と同じだと言われる。演技が終わった選手達は、すぐには喋ることもできないくらい呼吸が上がり、汗が全身から噴き出している。彼らの3分間は、花火のように鮮やかに、人々の記憶に刻まれる。

そして試合が終わればまた、次の年度のための演技をゼロから作り上げる。そのようにして、「2018年の青大」「2019年の井原」といった作品が出来ていく。曲が印象的な作品には、「糸の団体」など、サブタイトル的な呼称が付けられることもある。

もう一つ、演技をご紹介したい。
国士舘大学2019年の団体演技「パイレーツ・オブ・カリビアン」である。

この動画は公開して9ヶ月であるが、すでに30万回以上視聴されている。その要因の一つに、世界中の誰もが知っている「パイレーツオブカリビアン」の曲の効果があると思う。ドイツ遠征では、観客達がこの音楽に煽られるようにして、演技に感情移入していく様子が見てとれた。

実はこの曲に合わせて、選手達のユニフォームもしっかり「海賊」なのである。

曲は、人の心を揺さぶる。
演技のクオリティもさることながら、「どの曲で踊るか」が重要であることを、彼らはよく知っている。

そう、彼らは「踊る」という動詞を使う。

「この曲で、踊る。」

彼らにとって、その音楽とは……。

何か上手い比喩を考えようとして、筆が止まった。新体操をしたことのない私には、本当に理解することは難しいだろう。

彼らにとって、その音楽とは…。

この文章をどんな言葉で完結させるかは、男子新体操を見てくださった読者の皆様に委ねたいと思う。

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