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男子新体操は、本当に「新体操」なのか?

男子新体操と舞台

いきなり挑戦的なタイトルですみませんが、きっかけは「バトリズムステージ」に出演される、奥村等士さん(甲府工業男子新体操部出身)のツイートです。

男子新体操はスポーツですが、その要素の中にダンス的なものが多く含まれる場合が多いため、ダンスのジャンルと捉えることも可能、という見方も、もちろんアリだと思います。ここで奥村さんが言いたいことは、「男子新体操=ダンス」というよりは、「男子新体操をダンスのいちジャンルと考えることも場合によっては可能」ということでしょう。実際にプロとして舞台に立ち、様々なジャンルのパフォーマーと仕事をこなしてきた奥村さんの、偽らざる実感なのだろうと思います。

競技としての男子新体操

一方で、本質的には男子新体操は競技・スポーツであり、点数をつけて勝敗を競う試合があってこそ、その存在価値が増し、技術力の向上が起こる…という点は、おそらく揺るがない見方なのではないかと思います(奥村さんのツイートも、それを大前提としてのことでしょう)。というのも、男子新体操のあり方については様々な議論があり、過去には「アクロとの統合」という危機もありましたが、「男子新体操は試合がなくてもいい」という意見は一度も聞かなかったからです。

「試合がなくてもいい」ならば、体操協会の傘下に入らなくてもいいし、高体連が主催するインターハイも、学連主催のインカレも、それら全ての試合の頂点にあるジャパンもなくてもいい。それを是とするならば、男子新体操はかなり自由にやりたいことができるのかもしれません。しかし、インターハイやジャパンのない男子新体操を、誰が望むでしょうか。

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男子新体操という名前

そもそも、「新体操」という名前については少し説明が必要です。もともと新体操は、女子の体操競技の一つ(手具を持って行う音楽伴奏団体演技)として行われていました。日本では、国体で「団体徒手体操」として行われたのが始まりで、男子も女子もありました。1967年(昭和42年)、北欧・ヨーロッパで行われていた "Modern Gymnastics" の訳語として「新体操」という名称に変わり、従来の団体体操と個人体操(種目)を入れることになったということです。

それでは一方、世界での「(女子)新体操」はどのようにして生まれたのでしょうか?なんと、wikipediaを見ても、「新体操」の日本語ページには「歴史」の項がすっぽり抜けています。英語ページの拙訳を以下に掲載します。

新体操(rhythmic gymnastics)は、Jean-Georges Noverre (1727–1810)やFrançois Delsarte (1811–1871)、Rudolf Bode (1881–1970)の考えから発展したものである。彼らは動きによる表現、つまり自己表現のために、また体の各部のエクササイズのために、ダンスを使用することを重視した。Peter Henry Lingは、19世紀の自由なエクササイズであるスウェーデン体操においてその考えを更に発展させた。彼は、感情や気持ちを身体の動きを通して表現する「エステティック体操」を推進した。さらにCatharine Beecherは、1837年オハイオに"Western Female Institute"を設立し、この考えを進めた。 Beecherの体操プログラムは「踊らないダンス」と呼ばれたが、女性達が音楽に合わせて体操をし、単純な自重トレーニング(訳注:自分の体重を抵抗にして身体を鍛える筋トレ)や、より本格的な激しい運動が行われた。

1880年代にスイスのÉmile Jaques-Dalcrozeがユーリズミックス(リズム教育)を音楽家やダンサーのための身体的トレーニングの一形式として発展させた。フランスのGeorge Demenyは、動きの優雅さ、筋肉の柔軟性、美しい姿勢を向上させるため、音楽に合わせたエクササイズを作った。これらの形式が1900年に、rhythmic gymnastics(リズム体操)のスウェーデン式一派として統合されたが、のちにフィンランドからダンス要素が加えられた。この頃、エストニアのErnst Idlaがそれぞれの動きの難度を確立した。1929年には、Hinrich Medauがベルリンに "modern gymnastics"で選手を鍛えるための "The Medau School" を設立し、手具操作を発展させた。

競技としての新体操は1940年代にソビエト連邦が始めた。FIGは1961年にこの競技を公式に "modern gymnatsics" として認めた。その後、"rhythmic sportive gymnastics"という名称を経て "rhythmic gymnastics"となった。

実に興味深い歴史です。奥村さん、川東さんが感じた「男子新体操はダンスのジャンルである」というのはまさに、この歴史を見れば正論なのです。そのそもの始まりは、「動きによる表現、つまり自己表現のために、また体の各部のエクササイズのために、ダンスを使用する」なのですから。

さて、気になるのは日本語の呼称である「新体操」です。これは"modern gymnastics"の訳語であることは間違いないと思いますが、現在、世界では"rhythmic gymnastics"(リズム体操)と呼ばれています。ロシアでは"artistic gymnastics"(芸術体操)と呼ばれているらしいのですが、この英語は一般的には「器械体操」のことを指します。

「男子新体操」という名前ですが、英語訳として私たちが使っているのは "men's rhythmic gymnastics" です。正直なところ、私はどうもこれがしっくりきません。rhythmic gymnasticsと名乗るから、「これは新体操ではない」と言われてしまうというのもありますが、"men's" にどうしても違和感を感じてしまうのです。

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女子新体操と同列になるか、ならないか

女子の新体操と対になるスポーツとして男子新体操を発展させていこうとするならば、"rhythmic gymnastics (men)" などと書くのが正しいのだろうと思います(器械体操がそうであるように)。ただ、スペインに女子新体操とまったく同じ形の男子新体操がありますので、"rhythmic gymnastics (men)"は、そちらに譲りたい気もします。

日本の男子新体操には、アクロバット要素が含まれています。団体では、手具すら使いません。これが、女子新体操の対になる競技としてFIGに認めてもらうことの障壁となっています。

先日、私たちの動画に「このスポーツは、rhythmic gymnasticsというよりも、acro-rhythmic gymnasticsとでも呼んだ方がいいのではないか」というコメントがつきました。

なるほど。

"acro gymnastics" でもなく、"rhythmic gymnastics" でもなく、"acro-rhythmic gymnastics"。上記の女子新体操の歴史に、さらに新たな1ページを付け加えたような名前です。

競技の名前は、私のような一個人がどうこうできる問題ではありませんし、すべきでもありません。私はこれまでの慣習に従って、今後も "men's rhythmic gymnastics"と書き続けるでしょう。しかし、本当に "men's rhythmic gymnastics" でいいのか?さらに、男子新体操は将来的にどこを目指していくのか?という議論は、どこかに存在していてほしい…と思っています。

最近、若い人々が自分の意見をSNSで発信するのを見ていると、彼らが真剣にこの競技の発展を願って「思考している」ことがわかります。その思考を、どうか大事にしていただきたいと思います。素敵な男子新体操の未来を作るために。

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