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情緒的利用可能性

「情緒的利用可能性」という言葉をご存知ですか?
これは、子どもが不安に襲われた時に、そばにいる親を頼りたいと思うかどうかという、あくまでも子ども側から見た判断指標です。

この言葉が生まれる背景には、ちょっとした経緯があるので、それを簡単に説明しましよう。

かつて愛着形成に関する研究がありました。
子どもが愛着を形成する際、親のどんな要素が最も重要な鍵を握るのかをエインスワースらが研究をしたのです。
その時に立てた仮説指標は4つ。

1.「敏感性」か「鈍感性」か
2.「協調的」か「干渉的」か
3.「受容的」か「拒否的」か
4.「親近感」か「無視」か

この中で最も愛着形成に影響を与えるのはどれでしよう。答えは意外なものでした。
それは『敏感性』。

つまり、子どもが今どんな気持ちでいるかを敏感にキャッチし、的確に応答できる感覚を持つことが重要だったのです。もしもそばにいる親が子どもの気持ちに気づかず、対応がズレていると、安定した愛着が形成されていかないというわけです。

例えば、子どもが悲しくて泣いているのに、親は悔しくて泣いていると思い「いつまでも泣くな!」と怒ったとしましょう。子どもは心の中で『そうじゃないのに…』と一層悲しくなるかもしれませんね。

このようなズレが、生まれてからずっと続くと想像してみるのです。お腹が空いた、眠たい、驚いたなど、様々なサインを読み間違えたり、気づいてもらえなかったりするれば、理解されない漠然とした不安感・不信感が襲うようになるのは想像できます。

このように、言葉にしなくても、子どもの気持ちを敏感に察し、的確に応えてくれる関係を人生の初期に記憶出来るかどうかは、生涯に渡って子どもの世界観に影響を与えることがわかったのです。

そして、他の選択肢にあった、過干渉な態度であれ、拒否的で、子どもの働きかけを無視する態度であれ、いずれも同時に「敏感性」に問題を抱えている、ということもわかりました。

ところが、後に「敏感性」だけでは不十分なことがいろいろとわかってきました。
例えば、子どもの気持ちに敏感に反応しなくてはと思うがあまり、先読みしすぎて過干渉になり子どもの主体性を損ねてしまうとか、親が敏感であっても子どもを安心させる行動をとるとは言い切れない、といった新たな課題です。

そこで、新しく「情緒利用可能性」という指標を付け加えたのです。
これは子ども側が、親を「情緒的に安心を引き出すのに利用できそうだ」と思えるかどうか、その可能性を判断するというもの。

敏感に、かつ的確に応答してくれる相手を子どもは無意識に見極め、困った時に頼ろうとします。たとえ言葉が話せなくても、鋭敏に反応できる感覚を備えているからです。そして、不安に襲われたり、悲しみが襲ってきた時に、頼って大丈夫な相手かを記憶していくのです。

ただ、ここで気になることがあります。
母親自身、かつて自分の親との間で形成される情緒的利用可能性はどうだったか、ということです。子どもだった自分は、母親との間に確固たる信頼感を育めていたか、ということです。

もしも、母親との関係にしっくりこないしこりが残っているとしたら、その人はいつも不安を感じている人かもしれません。その原因を紐解くと、まだ幼い、言葉も獲得できていない頃から感じていた不信感に遡るかもしれません。
幼い頃から周囲に気を使い、本音を言えない生き方をしているかもしれません。

想像してみてください。
いつも不安を感じていたらどうでしょう。
ひょっとしたら、少しでも安心したくて、無意識にいろんなことを管理したくなるかもしれません。また、不確実なことはなるべく避けたいし、世の中は怖いところだから、準備を万端にして。。という用心深い生き方が身につくかもしれないのです。

そうなると多くの場合、規制が強くなります。
他人に対してというより自分に対してです。

こうしてはダメ、こちらにした方がいいと、事細かな口出しが自分に対して増えるのです。そして自分に近い相手、そう、子どもに対しても口うるさい神経質な親になっていくのです。

規制の多い親を持てば、子どもは強く反発するか、従順になり過ぎて苦しくなるか、いずれかのパターンを作りやすくなります。

この規制の強さは、自分では気づきにくいです。なぜなら道徳的なものや倫理観と相性がいいので、ちょうどよいあんばいがわかりにくくなるからです。

お子さんのことで悩む親御さんがいたら、この辺りのことを気にするようにしています。
そして、ご自分を責めるのではなく、深く深く振り返ってもらう中で、カラクリを解いていく。

多くの場合、すぐに理解するのは難しいので、『もっとわがままになってみてはどうですか?』『不良になりましょう』『楽しいことをしてください』といったアドバイスをすることが多いのですが、いずれにせよ、少しずついろんなことに気づいていく中で、関係性もお子さんの価値観も変わっていくと感じています。

情緒的利用可能性。
これは子どもだけでなく、大人の私たち自身の振り返りが鍵になるのです。

鶯千恭子

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