見出し画像

スマホじゃなくて僕を見て

ある療育施設でのお昼寝の時間のことでした。
職員が足りないので手伝ってほしいといわれ、ある男の子のそばにいき、寝かしつけのお手伝いをしていました。

その子は少し言葉が遅く、たどたどしいながらも会話ができる男の子でした。
手足をさすりながら、「いい足」「素敵な手ね」と声をかけると、笑みを浮かべてうっとりとした表情を見せます。

と、その時です。
首からかけていた携帯がブルブルと動きました。
さすっていた手を止めてスマホの電源を切り、再び今度はお腹をさすり始めました。

すると突然、男の子は「触らないで」と言いました。
驚いた私は「あら、ごめん、ごめん」
「お腹を触られたくなかった?」と聞きました。

男の子は黙ってしばらく間を置いて、もう一度「触らないで」と言います。
「大丈夫よ、ごめんね、もう触らないからね」
というと、やっぱり黙り込んだあと、しばらくしてもう一度「触らないで」と言います。

釈然としない表情を見せている男の子の様子に、何かがずれているんだきっと。
一体なんだろう・・・と考えながら、ふと「ひょっとしてスマホ??」「これを触って欲しくなかったの?」と聞くと、今度は力強い目で私を見て「触らないで」とはっきりと言いました。

「そうか!スマホのことだったのね」
「ごめん、ごめん!もう触らないからね」と伝え、「ところで、お腹は触ってもいい?」と聞きました。
すると、今度はにっこり笑って「触って」と言います。
「いいお腹だね」と言いながらゆっくり撫でていると「僕、ここ(施設のこと)好き」「ここ大好き」と何度も繰り返すのでした。

彼が言いたかったのは、きっと「スマホじゃなくて僕を見て」ということなんだろうと確信しました。
「僕に集中して」
「お願い、僕のことを考えて」
と言いたかったのだと思います。

この男の子は、少し言葉がゆっくりなのですが丁寧に聞いていけば、自分の思いを伝えられます。
でも、周りにはもっとコミュニケーションが難しいお子さんもたくさんいます。
その子たちは、大人の関心がどこに向いているのか敏感に感じながらも、気持ちをうまく伝えられません。

でも同じように「僕を見て」と言いたい瞬間が、きっとあるに違いないと思うのです。
さらに気になった私は、もう少し聞いてみることにしました。
「おうちでは、お父さんやお母さんはスマホを触ってる?」
「うん、いつも触ってる」
たくさんの会話はできないだけに、この短いやりとりに胸がキュンとしました。

お迎えの際に、この出来事を丁寧にお伝えし、職員にも同様に、注意をしていきましょうと呼びかけました。
保育現場では、お昼寝の時間は貴重です。
寝付けないでいるお子さんのそばで、記録に追われる職員の姿も多いです。

短い時間の中で、たくさんの家事や仕事をこなしていかなければいけない大人にとっては、スマホを触ることには抵抗はなく、でも大人の眼差しを欲する子どもにとっては、寂しさを感じる瞬間なんだろうと思いました。

スマホがいけないと言っているわけではありません。
でも一日のうちの、この時間だけはスマホを触らないで、子どもとのやりとりを楽しむ時間を意識することが、きっととても難しくなってきているんだろうと思うのです。

鶯千恭子(おうち  きょうこ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?