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素直で可愛いヲタクになりたかった。2022/01/23

推しが名前を覚えてくれてから、それまでとは全く対応が変わった。

私は認知なんて別に興味ないし、、、と思っていたけど、認知されるとこんなにも違うものかと驚いたし、正直とても楽しかった。

認知というものがどういうものか、私はわかっていなかっただけだった。

認知される前、公演やフォトタイムで推しが目線をくれたことはあまり記憶に無い。(元々目線を送るタイプではないけど)

PR(公演前のチラシ配り)の写真も、私のカメラには気づくことは無かったように思う。まぁ、邪魔しないように遠くから撮っていたから、当然といえば当然かもしれないが。

新大久保に行ったことのある人なら、見たことはあるだろうか。
チラシを配るアイドルの周りで、一眼レフを構えて付いていくヲタクたちを。

時に撮りヲタたちはポジション取りを争い、時に街ゆく人の通行の邪魔になりながら、推しの写真を撮っていた。

撮りヲタにも暗黙のルールがあって、先にカメラを構えた人の前には立たないとか、同ペンの隣で撮らない(目線が被るから)とか、それなりの秩序はあるのだか、いざ撮り始めると同ペンよりも良い写真を撮りたい気持ちからか揉め事が起きることもよくあった。
(韓国アイドル界隈では、ファンのことをペン(팬)という。同ペンとは、同担と同じ意味)

私は推しが来日したときから写真を撮り続けていたが、いつも遠くから撮っていたから恐らく存在すら気づかれていなかったような気がする。

名前を覚えてくれてからは、どんなに遠くから撮っていても、推しは気づいて目線をくれるようになった。

認知ってこういうことなんだ、、と私は思い知らされた。
だからヲタクたちは認知されることにあんなにも必死なんだな、と思った。

そういえば、新大久保でのPR(チラシ配り)にはヲタクたちの攻防がもう一つあった。

推しからチラシを手渡してもらえるかどうか、ヲタクたちは牽制しあっていた。

本来チラシは一般の人に公演に来てもらうためのPR活動だ。
推しから直接チラシをもらうことが、1つのステータスのようなものだと知ったのは、だいぶ経ってからのことだった。

なぜ一般の人向けのチラシを、ファンがメンバーに貰いに行くのだろうと、私はずっと不思議に思っていた。
チラシはショーボックスの入り口にも置いてあるのだから、欲しかったらそこから取ればいいのに、と思っていた。

そうではなかった。
チラシが欲しいのでは無く、『推しから手渡してもらう』ことが目的だったのだ。

その事に気づいたのは、いつも通りPRの写真を撮るために離れたところでカメラを構えていた時に、推しがチラシを渡しに来てくれたことがあった。

私は近づいてくる推しにピントを合わせながら、なぜこちらに向かってくるのかわからず驚いた。

もしかして私の後ろにいる人にチラシを渡しに来たのかと思って横に退こうとしたら、推しがチラシをくれたのだった。
私の後ろには誰もいない。
渡しに来てくれたのだ。

これ、新しいやつです

そう言って推しは、新しく刷ったチラシを渡してくれた。

ああこれはファンサービスの1つなんだ、とその時にわかった。

そのチラシは、今でも机の引き出しの中に大切にしまってある。

私はいつも受け身のファンだった。
推しに自分からチラシを貰いに行くこともせず、ファンサービスを求めることもしなかった。
それは推しに迷惑に思われるんじゃないかと、怖かったから。

今思うと、、、何とも可愛げのないファンだったと思う。

もっと自由に自分の気持ちを表せば良かった。
私は推しに素直に気持ちを伝えることが出来るまで、長い時間がかかった。

認知ヲタクになってからも、推しがしてくれたファンサービスにうまく反応を返すことが出来なかったことが、心残りだ。

もしまた推しがアイドルを続けてくれるなら、今度はもっと素直なファンになろう。そんな日が来る可能性は、ゼロに近いけど。

最近推しはインスタを更新しない。
それだけが唯一の、推しとの繋がりなのにな。。

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