「女の仕事」と言われてきた保育園が今の日本を支えている (町田ひろみ)

町田ひろみ(保育士、安保関連法に反対するママの会)

保育園は「3つの密」が揃う場

 私は私立の認可保育園に勤める保育士だ。
 保育園は「3密」が揃いやすい施設だ。生活の場であり、子どもと職員が集まる密閉された空間だ。こう考えれば保育園が濃厚感染しやすい施設であることははっきりしている。事実、保育園でのクラスター(感染集団)の報告も出ている。
 私たち保育士が、3密が揃うことを一番知っている。だからこそ、「3つの密」が言われた時点で「保育園が危ない」と感じていたし、そこを回避できるようにと日常の努力が始まった。
 それは、「子どもたちの命を守らなければいけない」という保育士の使命感のアンテナが働いたからだ。同時に、「保育園を休園にさえしてくれれば守れる命は多くなる」とも思った。保育園が休園となっても、医療関係者などライフラインを守る仕事の家庭の子どもは受け入れなければいけないことは覚悟している。でも、「休園」とすれば子どもの人数が減り、感染リスクも減るのだ。だから、人との接触を「8割減らさなければならない」と言うのであれば、「休園」を望んでいる。

2月27日夕方――突然の一斉休校要請

 保育園の事務所から、主任が上げた驚きの声が聞こえた。
「どうしたの?」
「学校が一斉休校するって」
「え??? 保育園はどうなるの?」
「詳しくはわからない」
 お迎えに来た保護者からも「保育園はどうなりますか?」と質問があったが、「詳しいことはこれからみたいだから、どうなるのかしら。何かわかればすぐにお知らせします」と答えるしかなかった。
 だけど、私は帰宅する道すがら考えていた。「保育園の休園はあり得ない」と。
 あの2019年10月の、今までに経験のない大型台風と言われたときでさえ、保育園は休園にならなかった。それどころか、「前日から泊まり込んででも開園するように」と求めた自治体もある。あのとき、保育園とはそういうものだと改めて自覚した。
 予想通り、全国の学校が休園になっても保育園は通常通りだった。この時期に厚労省は、臨時休園の考え方について「保育士や園児が感染した施設や、感染者がいなくても同じ市区町村で感染が広がった場合、臨時休園できる」と通知している。そして、「たとえ仕事が休みだったり育休中であっても、保護者に対して登園自粛要請をしないように」と通知があった。
 学校について「子どもの健康を守るための休校措置」と言うのであれば、保育園だって同じのはずだ。だけど、いつも保育園の子どもの「健康や命」はないがしろにされている。私はこのことが、今の日本という国がどんな国であるかを如実に表していると考える。
 ちなみに、この時期に韓国では感染者数が1000人を上回り、全国の保育園を休園としている。日本が同じぐらいの人数となるのは3月20日前後。それでも保育園は休園とはならず、4月25日現在1万3000人に届く勢いだが、いまだに全国休園にも全都休園にもなっていない。

3月――保育園は通常通り開園

 学校が休校となっても、保育園は変わりなく開園されていた。
 職員には毎日の検温と手洗い・手指消毒・マスク着用の徹底が言われた。もちろん、子どもたちや保護者に対してもお願いした。
 それに加えて、現場としては保育園に来る子どもの人数を減らしたかった。でも、自治体に尋ねても「育休中や、コロナ対応で休業中の家庭にも、園を休ませてほしいと言わないように」と返答された。
 もしかすると、自治体によってはそれらの状況の家庭には登園自粛要請をしていた所もあるかもしれない。認可保育園は自治体から保育を委託されている施設なので、自治体の方針に従う形になっている。もちろん勇敢な園長が中にはいて、園長の責任で独自の要請をしていた施設もあるかもしれないが。
 それでも、通常通り子どもを受け入れながら、「3密」回避のために入園説明会や卒園児のお別れ遠足を中止したり、卒園式を縮小したりした。

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もしかしてコロナウィルス!?

 3月中旬ころから、「もしやコロナウィルス感染症では?」と疑問を持つケースが出てきたと、友人や知人の保育士からも聞くようになった。
 微熱が4日以上続いて咳も出ているので、心配した保護者が保健所に電話しても「海外への渡航履歴がないから検査できない」と言われた。
 海外から帰国して2日目に発熱したので、保育園の看護師が保健所に問い合わせたところ「(渡航した国が)コロナウィルス感染症の検査が必要な国ではないから検査できない」と言われた。――などなど。

 今までの保育園では、病気に対する考え方は「疑わしきは休む」だった。たとえばインフルエンザ。検査をしてはっきり(-)が出なければ、ドクターも「保育園はお休みして再受診して」と伝えてきた。
 「かもしれない」から「登園していいよ」ではなく「かもしれない」なら「お休みしようね」だ。それは感染症を広げないという鉄則があったからだ。
 でも、今回はその鉄則が崩れている。ドクターが新型コロナウィルス感染症かもしれないと疑っても、保健所がPCR検査に回してくれない。だから、対処療法だけして「熱が下がらなければまた来てね」と言うしかない。
 3月後半ごろから、このままだと保育園での感染拡大が起こるのでは…とドキドキする毎日となった。保護者の中には、満員電車に乗って通勤し、そのままお迎えに来て保育室まで入ってくる人が大勢いる。どうして検査をしないんだ、検査数がどうして増えないんだ、他の国に比べて感染者数が少なすぎる……そんな思いが膨らんできたころ、東京オリンピックが延期となり、東京都の感染者数が一挙に増え、週末の自粛要請が出された。
 それでも、「保育園への登園自粛」は始まらなかった。

4月7日――「緊急事態宣言」発令とあいまいな「要請」

 4月7日、7都府県に緊急事態宣言が発令された。東京都は保育園について以下のように「要請」を出した。

「区市町村に対し、感染防止のため、仕事を休んで家にいることが可能な保護者の方には児童の登園を控えていただくことをお願いし、保育等の提供を縮小して実施することを要請します。」
「医療、交通、金融、社会福祉等の社会生活を維持する上で必要なサービスに従事しているなど、仕事を休むことが困難な保護者の方には、確実に保育等を提供すること、その際は、感染症防止に万全の対策をとることなども要請いたします。 さらに、経済団体等に対しては、子育て中の従業員の方が、テレワーク等の在宅勤務や休暇の取得ができるようお願いしております。 」

 要するに、保育園の具体的な対応は自治体ごとに任されたのだ。渋谷区のように、いち早く休園を決めた自治体もあるが、私の働く自治体は下記のような対応をとった。

「緊急事態措置によって休業される施設以外に勤める保護者がいることから、一律な休業要請は行いません。」
「原則、医療、交通、金融、社会福祉等の社会生活を維持する上で必要なサービスに両親共に従事している等、仕事を休むことが困難な方以外は、登園を控えていただきますようお願いいたします。」

 しかし、これは「登園自粛要請」であり「休園要請」ではないので、各園によって保護者へどこまで登園自粛をしてもらうかは異なる。すなわち、同じ東京都内の認可保育園でも、自治体によって「お休み」要請は違い、各園によっても違ってくるのだ。「要請」ってそういうことだ。

どの保育園でも今までになく「強い登園自粛要請」で、登園する子どもは4割~1割に

 園によって判断は分かれるとはいえ、多くの保育園では今までにない強さでの「登園自粛要請」がなされた。結果として、登園する子どもの数は4割から1割にまで減っている。
 子どもが減っているので、私の園では、給食のときに6人で座る机を3人がけにしたり、乳児クラスも一度に食事せず2回に分けたりして「ソーシャル・ディスタンス」に気を付けている。
 保育園内の消毒もチェック表を作って行っている。子どもが使用する遊具は毎日すべて消毒。園によっては玄関で子どもを受け入れて保護者を中に入れないようにしているところもある。私の園では、どんな状況でも「子どもの育ちは遊びにある」と考えているので、いつもと同じように遊具は出しているが、遊具を限定している園もあるかもしれない。子どもの人数が減っても、やらねばならない仕事は増えている。

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使用後の遊具はすべて消毒して干している

保育園は子どもの育ちを保障する場 

 保育園は「子どもが育つ場」である。そのために遊具や空間環境を設定し、身体と心と脳が発達するための生活リズムを作り、年齢に応じたカリキュラムを持ち大人が関わっている。
 4月は入園・入学の季節だ。在園児だってクラスが新しくなり環境が変わる。「乳幼児突然死症候群」は環境の変化によるストレスもひとつの原因と言われている。また、新しい環境では、ケガや子どもたちのぶつかり合いなどの事故も起こりやすい時期だ。保育士はいつになく「事故安全」に心を配りながら、自分も新しい環境に慣れていく。保育士にとっては、年度末・年度初めが一番忙しく、一番疲労感が強い時期なのだ。

 新入園の子どもたちには「慣らし保育」を行う。保育時間を少しずつ延ばして、保育園に慣れていく期間だ。保育園の大人との愛着関係をつくる大切な期間だ。その大切な期間を、マスクをしたまま向かい合うこととなる。
 マスクをしていると表情がわかりにくい。特に小さい子どもは、マスクをしているだけで泣いてしまうこともある。そんな中でも、保育士は懸命に子どもの緊張に心を寄せ、少しでもリラックスできるようにと工夫する。
 私の友人の保育士は、食事が少しでも食べられることで気持ちよく過ごせる時間が増えるようにと、マスクを少し外して「モグモグするよ」と口の動きを見せたところ、「感染予防しているのだからそれは絶対ダメ」とクラスリーダーに言われたと、悲しげに教えてくれた。きっとどの保育園も、いつもの年のようにできないことがたくさんある。「感染予防」のために、「子どもの育ち」より優先していることが今はあるのだ。
 それでも、0歳児に「遊具を舐めないで」とは言えないし、1歳児2歳児に常時マスクを付けるようにはできないし、幼児の子どもたちに、1日中「一人ひとり離れて遊びなさい」とは言えない。だから、もし、誰かが感染したら…という恐怖と日々戦っている。

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保護者の思いに心を寄せて

 保育園から「登園自粛のお願い」や「休園」のお知らせが届き、やむなく仕事を休んだ保護者の方もいると思う。テレワークで自宅勤務でも、子どもを登園させないでくれと言われた方もいるだろう。私たちだって普通に子どもたちと過ごしたい。
 しかし、こんな情報もある。

 中国での子どもが新型コロナウィルス感染症に罹患した場合の重症化率が掲載されている。「1歳未満の患者が重症または危篤状態となる割合は合計10.6%。1~5歳は7.3%で、6~10歳、11~15歳、16歳以上はそれぞれ4.2%、4.1%、3.0%」とある。子どもが重症化する率はやはり高いのだ。
 保育士は、子どもが集団で過ごすことで発達することをよく知っている。保護者の方たちの働く権利を守りたいとも思っている。それでも、命に代わるものは何もないからこその「お願い」であることを理解していただきたい。私の保育園では、週に1回は電話を掛けて子どもや保護者のようすを伺っている。保護者の方たちの心配や悩みに少しでも寄り添いたいと思っている。
 登園をお休みした場合の保育料については、各自治体の対応がホームページに載っているはずだ。

完全休園にならない覚悟はできている、だからこそ「要求」したい

 3月中旬から消毒剤が手に入りにくくなってきた。マスクも1日1枚、なんとか備蓄を使っているが、職員はいずれなくなることを予想して、各自で布マスクを準備して切り替える人が増えてきた。在宅勤務の仕事として布マスク作りが組み込まれた。
 そんな中、厚生労働省からは、白いガーゼマスクが一人1枚配布された。消毒剤もマスクも、ライフラインを守る施設にどうしてもっと供給されないのだろうか。

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厚生労働省から支給されたガーゼマスク

「登園自粛」要請に伴い、職員の体制をどうするのかも各園バラバラだと思う。子どもの登園自粛で人の密度を減らすのと同じように、職員の出勤密度を減らすことも必要だ。
 保育園によっては「特別休暇」や「在宅勤務」として有給休暇(年休)を使わないようにしているが、有給休暇を使うようにと言われている保育園もある。4月から働き始めた職員が、「年休は通常10月からの取得になるけど、前倒しで5日使って休んで」と言われたという情報もある。有給休暇は本来、自分が休みたいときに使うものだ。出勤する日は今までにない緊張状態で仕事をしているのだから、「特別休暇」を国としても自治体としても、各施設に与えるように通知してもらいたい。
 同時に、出勤することで新型コロナウィルス感染症に罹患する率が高まる。これから社会全体の感染者が増えていけば、出勤すること自体が危険な行為になっていく。だからこそ、保育園職員にも「危険業務手当」をつけることを自治体や国にお願いしたい。
 それと共に、「登園自粛」や「休園」になったからと言って、職員の賃金がカットされないことを切に願う。実際にはパート職員や契約職員から賃金をカットしているという話も聞いている。3月12日付の厚労省の通知には、人件費に関わる公定価格は通常通りに給付されるとある。これを受けて、各自治体も通常通りに補助を給付してもらいたい。
 どんな状況になっても保育園の完全休園はあり得ないことがわかったこの状況で、賃金もカットされ危険業務手当もないとなれば、離職が進むことが予想される。保育士になりたい人数もさらに減り、ますます人材不足に拍車がかかるだろう。

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夏までには日常を取り戻せることを願って植えたトマト

「保育園」が休まないから今の日本社会は回っている

 保育園がいっさい子どもを預からないとなったら、医療崩壊はますます進みライフラインの確保も難しくなるだろう。保育園があるからこそ今の社会が成り立っているのだ。どんな状態であろうと多くの保育士は、預かっている子どもの命を最優先に考えて毎日を送っている。自分が感染源になったらどうしようと緊張しながら働き、「無症状なだけで、すでに自分が感染しているかもしれない」という不安とも戦っている。
 そして、子どもの命も保護者の命も、自分たちの命も守りたいと思い働いているのだ。
 私は今回の「コロナ」騒ぎで、長らく「女の仕事」と言われ、賃金も安く抑えられてきた保育士や福祉施設職員がいるからこそ、今の日本社会は回っているのだということが明らかになったと思っている。だからこそ、私たちの叫びを聞いてもらいたい。

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(まちだ ひろみ)保育士。ベビーマッサージインストラクター、育児アドバイザー、保育ナチュラリスト。2005年より2006年までハンガリー・ケストヘイ市「人生の樹学園」にて「日本」の授業を受け持ちながらハンガリー保育を学ぶ。2015年より「安保関連法に反対するママの会」事務局を務める。


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