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僕らと命のプレリュード 第35話

 今から4年前。中学一年生の夏休み明けから、深也は不登校になっていた。ずっと張り詰めていた気持ちが、夏休みで緩んだのだろう。彼の父も心配してた。

父も気づいていたのだ。深也が、小学生の頃から体に傷を作って帰ってきていたことも、中学生に上がってから、黙り込むことが増えたことも。

「深也、ご飯できたよ。置いておくから。昼と夜は冷蔵庫に作り置きがあるから、食べててくれ。父さん、今日は仕事で遅いから……」

 深也の父はそう言って、毎朝、深也の部屋の前に食事を置いてくれた。扉越しだったため、深也には父がどんな顔をしていたのか、分からなかった。

しかし、今思い返すと、部屋に引きこもっていた自分よりもずっと辛かったんじゃないかと、深也は思っているのだ。なぜなら、息子である自分の気持ちや、自分の将来のことなど……様々なことを父に抱えさせてしまっていたであろうことが、容易に想像できたから。

 海透家は母が交通事故で亡くなっており、深也が幼い頃から父子家庭だった。父は医者で、多忙だったが、家にいる時はいつも深也を可愛がってくれた。優しくて、穏やかな父。深也はそんな父が大好きだった。だから当時は、父に迷惑かけてるのが申し訳なくて、いつも、どうやったら消えられるかってことばかり考えていた。

 しかし、ある日、深也は、夜中にトイレで部屋を出た時に、見てしまったのだ。父が、母の仏壇に向かって、泣きながら謝ってる姿を。

「紗菜、ごめん。やっぱり、僕だけじゃダメだ…………」

 その姿から、深也は目が離せなかった。

「片親だったから…………僕が、頼りなかったから、深也は、自分の気持ちを打ち明けられずにいたのかな?」

「っ…………」

「僕の、せいだよな…………。僕が、仕事ばっかりだったから、こんな、ことに…………」

 深也には、父の背中が、今まで見たことないぐらい小さく見えた。まるで……今にも消えてしまいそうなぐらいに。

「深也まで、いなくなったら…………僕は、どうしたらいい?」

 父の潤んだ声につられて、深也の頬にも、涙が伝った。

(ずっと、消えたかった。それが、父さんのためになると思ってたし、僕自身、生きる理由が見つからなかったから。でも、僕が消えたら……父さんは、独りになってしまう)

深也は服の胸元をぐしゃりと掴みながら、心の中で呟く。

(消えるのも、消えないのも辛いなら、僕はどうしたらいいんだ?)

 その問いに、答えが見つからないまま、時間だけが過ぎていき、いつの間にか、深也も進級していた。

 当たり前のことだが、進級すると同時に、新しい担任が深也に登校を勧めに来た。

しかし、また大勢の生徒達がいる中に行かなくてはならないと考えるだけで、深也は怖くて動けなくなってしまった。結局登校できなかったのだ。そんな自分が……何も出来ない自分が情けなくて、更に落ち込んでしまって、余計に何も出来なくなる。深也が、そんなことを繰り返していた、ある日のことだった。

部屋のドアがノックされて、父の声が聞こえたのだ。

「深也に会いたいって言ってる人が来てる。……少しでいい。会ってくれないかな」

 父の言葉に、深也の体がビクリと震える。自分のことを悪く思っている人だったら……そう思うと怖くて動けなかった。

「……が、学校の、人?」

 深也は震える声でドア越しに尋ねた。すると、今度は父とは違う、若い男の声が深也に声をかけてきた。

「特殊戦闘部隊総隊長の、志野千秋だ。海透深也君。君に話があってここに来た。少し、時間をくれないか」

 千秋の自己紹介を聞き、深也は思わず息を飲む。

特殊戦闘部隊の存在は、引きこもりの深也も知っていた。人々を高次元生物から守るために戦う、凄腕の部隊。自分とは縁のない組織だと、深也は認識していたのだ。

「……そんな凄い組織の総隊長さんが、僕に、何の用、ですか…………」

 深也が恐る恐る尋ねると……千秋は、落ち着いた声でこう告げた。

「君を、特部に招き入れたいと思って、ここに来たんだ」

「っ…………、え?」

 千秋の言葉に、深也の頭は恐怖でいっぱいになる。

「ぼ、僕には、無理、です…………戦ったこと、無い、し…………!」

 深也が震える声でした反論に対して、千秋は、落ち着いた声色で、しかし、はっきりと、

「いきなり戦いに出ろとは言わない。うちには訓練施設もあるし、君と同年代の隊員もいる。彼女達が、絶対に君を助けてくれる。勿論、私もだ」

と、告げた。

「助けて、くれる…………?」

「ああ。…………絶対に、君を守る」

「っ…………!」

 千秋の、力強い言葉。その言葉に、深也は強く惹き付けられた。その言葉を信じたいという思いが、小さく芽生えたのだ。

 そして……彼は、1年半ぶりに、他人がいる前で部屋のドアを開けた。

 深也が初めて見た千秋は、今よりも少し若い、白いワイシャツに身を包んだ、穏やかな顔立ちの男性だった。千秋は、深也を見るなり、優しい声色で、

「ドアを開けてくれて、ありがとう。君の顔が見れて嬉しい」

と、柔らかく微笑んだ。

「っ……、うっ…………」

 その笑顔が、あまりにも温かくて。

「うっ…………うぅ…………」

 顔が見れて嬉しいと、会えて嬉しいと言って貰えたのも、深也にとっては久しぶりで。

「うぅ…………っ!」

 涙が、止まらなかった。

 嬉しかったのだ。少なからず、自分を必要としてくれる人が居たことが。自分のことを守ってくれると言ってくれる人が居たことが。

 戦うのは怖いし、特部に入って生き残れる自信も、深也には無かった。

でも、この人が自分をを受け入れてくれるなら…………どうにでも、なればいい。生きようが、死のうが、受け入れてもらえるなら、それでいい。消えても、消えなくても辛いなら……もう、流れに身を任せてやる。この時の深也は、そう思ったのだ。

 こうして、深也は特部に入った。

 深也が特部に入って、すぐの時。新人隊員だと紹介された彼に対して、海奈がすぐに笑顔で握手をしてくれた。

「あたし、美ヶ森海奈!よろしくな、深也!」

 その笑顔が、あんまりにも眩しくて……深也も始めは、すごく戸惑った。しかし、いつまでも自信が持てない深也に対して、海奈はこんなことを言ってくれた。

「あたしは深也を嫌わない。自分が嫌なら、変わればいいんだ!深也ならできる。あたし、信じてるから!」

 そうやって、自分を前に連れて行ってくれた海奈のことが、深也はすぐに好きになった。

 それだけではない。翔太や、白雪や、花琳…………そして、聖夜と柊。特部に入隊して出会った仲間達が、深也のことを認めてくれたのだ。だから……深也は、多少なりとも前に進めた。

(特部や仲間は、僕の大切な居場所……。ここにいる人達のためなら、どんなに傷ついても僕は戦える)

 深也は胸に手を当てて、その思いを再確認し、微笑んだ。

しかし、その時。

『東京都心で高次元生物発生!隊員は直ちに向かってください!』

高次元生物の発生を知らせる緊急放送が聞こえ、深也はハッとした。

「っ……高次元、生物!」

 深也はすぐさま部屋を出て、ワープルームへと向かった。


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