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僕らと命のプレリュード 第52話

* * *

 白雪と花琳が西日本支部前に着くと、そこには膝の高さ程ある蜘蛛が大量発生していた。

 蜘蛛達は、頭部にある5つの目で2人を睨み付けると一斉に糸を吐いてきた。

「そうはいかないわ!」

 花琳が腕を振ると、無数の葉が飛んでいき糸を切り刻んだ。自分達の攻撃が防がれ、蜘蛛達が僅かに怯む。

「白雪君、今!」

 花琳の言葉に白雪は頷くと、右手を高く掲げ指を鳴らした。

「『氷結』!」

 白雪の声と共に、周辺の蜘蛛が一斉に凍りつく。白雪が再度指を鳴らすと、氷漬けにされた蜘蛛達はバラバラに砕け散った。

 無事に敵を倒したことに安堵したのも束の間、悴む手を擦る白雪を見た花琳は、心配そうに白雪の顔を見た。

「白雪君、HASは大丈夫なの……?」

「ああ……うん。薬を強い物に変えたから、前よりも楽だよ」

「そう……でも無理しないでね」

「うん。ありがとう」

 そう言ってふわりと微笑む白雪を見て、花琳は頬が熱くなる。

(だめだめ!今は任務中!)

 花琳は自分の両頬をペシペシと叩いた。それを見た白雪が花琳を不思議そうに見る。

「どうかしたの?大丈夫?」

「な、なんでもない!大丈夫よ!」

 花琳が慌てて首を横に振ったその時、通信機から声が聞こえた。

『中央支部の応援、来たな!こちら西日本支部オペレーターの岩倉真一だ』

「岩倉さん、現状を教えて下さい」

 白雪は冷静に尋ねた。

『おう!……現在、蜘蛛型の高次元生物が大量発生してる。うちの隊員は今市街地のやつの駆除をしてる。とりあえず2人は、高次元生物を倒しつつ皆と合流してくれ』

「分かりました。行くよ、花琳」

「うん!」

『市街地に入ったら北を目指してくれ。遊園地が見える方向だ』

「了解!」

 2人は市街地へ向かって駆けだした。

* * *  

「『木の葉』!」

「『氷結』」

 花琳の繰り出した木の葉が蜘蛛の糸を切る。そして怯んだところを白雪が凍らせてとどめを刺す。2人の奮闘の甲斐あって、市街地の蜘蛛は着々と減りつつあった。

「……うん。良い連携だ。流石だね、花琳」

「えっ!?」

 唐突に褒められ、花琳は顔を赤くした。

「そ、そんな……白雪君のお陰よ!」

「そっか。ありがとう」

 白雪は傍らの花琳に明るい笑顔を見せた。

(白雪君……よく笑うようになったわね。それも、心からの笑顔で)

 暴走を止められて以来、白雪の雰囲気が確かに明るくなった。常に柔和な笑みを貼り付けていた白雪が素直に感情を表現するようになったことを、花琳は安心していた。

(なんだか、初めて会った時の白雪君みたい……って、白雪君は覚えてないんだっけ……)

 余計なことを思い出してしまい、花琳は思わず溜息をついた。

「花琳、大丈夫……?」

「だ、大丈夫よ!それより……全然合流できないわね」

「確かに……この先は遊園地だ」

 白雪の視線の先には遊園地の大きな入場門があった。この異常事態により閉園しているため、人影は見当たらない。

『2人とも、聞こえてるか?』

「岩倉さん……はい。聞こえてます」

『巨大な高次元生物の反応がある……今すぐ遊園地に向かってくれ。うちの隊員もそこにいる』

「巨大高次元生物……分かりました」

「行きましょう!」

 2人は遊園地の入り口にある門をくぐった。

「あれは……」

 門の先にある広場で、異様な光景が広がっていた。巨大な蜘蛛型高次元生物が、遊園地全体に巣を張っていたのだ。観覧車やジェットコースターのレーンにまで、太い糸が絡んでいる。また、糸のあちこちに卵があった。

「あの蜘蛛、あの時の!もしかしたら、エリスもここに……」

「ああ……でも、今は目の前の高次元生物を倒すのが先決だ」

「ええ。分かってる……」

 花琳と白雪は蜘蛛の元へ駆け寄った。蜘蛛のすぐ下に、赤いマントを身につけた西日本支部隊員の姿があった。

「中央支部、応援に来ました!」

「ああ、来てくれたか……白雪、花琳」

「お久しぶりです。杏子さん」

 杏子と呼ばれた、長い黒髪を三つ編みにし、ひとまとめにした少女……梅宮杏子は頷いた。

「状況は見ての通りだ。今は大人しいが……こいつが親玉であるのは明白だ。早く始末しないと……」

「僕もそう思います。ただ、その前に皆さんのアビリティを確認させて下さい。見ない顔もいますから」

「ああ……そうだな。皆、アビリティを教えてやってくれ」

 杏子の言葉に、その場にいた3人の隊員が頷いた。まず、杏子の隣にいたシルクハットを被った青年が手を挙げる。

「僕は西宮拓人。アビリティは『カード』といって、硬度の高いカードで敵を切りつけるものだよ」

 それに続いて、切り揃えた紫色の髪をした少女が控えめに手を挙げた。

「私……安斎美純です。アビリティは『影』で、影を自在に操ります……」

 最後に、桃色の髪の、頭に2本角を生やした少年が元気よく手を挙げた。

「はい!俺は桃井まなと!アビリティは『鬼』で、鬼並みの力を出せるっす!そこの可愛いお姉さん、彼氏いる?」

 そう言ってまなとは花琳にキラキラした目を向けた。

「い……いないけど……。す、好きな人、は……」

(好きな人はいるのよ!でも告白できてないの!!)

 花琳が心の中で頭を抱えていると、その本心に気づかないまなとは、花琳に詰め寄って明るい笑顔を見せた。

「そーなんだ!ならさ、戦いが終わったらお茶しない?俺とゆっくりお話ししよ!」

「え、ええ……?」

 戸惑っている花琳を見て、杏子はすぐにまなとのマントを引っ張り彼女から引き剥がす。

「こら、まなと!花琳を困らせるんじゃない」

 杏子はまなとを睨み付けた。しかし、まなとはそれを全く意に介さない。

「花琳ちゃんって言うんだ!よろしくね~!」
 
「あ、あはは……」

 懲りずに花琳に笑顔を向けるまなとを見て、杏子は呆れてため息をつく。

「はぁ、全くこいつは……。すまないな。白雪」

 突然謝られ、白雪は杏子に向かって首を傾げる。

「なんで僕に謝るんですか?」

「いや、険しい顔をしていたから。同じ支部の仲間を……いや、花琳を口説かれて、気分を害してしまったかと思ってな」

 杏子に指摘され、白雪は咳払いして普段通りの冷静な顔を意識的に作った。

「気のせいですよ。ところで、杏子さんのアビリティは『テレパシー』でしたよね?」

「……ああ。私のアビリティは『テレパシー』だ。普段は銃で戦っている」

「分かりました」

 白雪は蜘蛛を見上げた。蜘蛛の位置、張り巡らされた糸の様子を確認する。しばらくして、1人頷いた。

「……僕が本体を叩きます。まなと君と美純さんと杏子さんで卵の処理を。花琳は拓人君と巣の破壊を。……岩倉さん、この作戦でどうですか?」

『流石中央支部リーダーだ。分かった。問題ない』

「了解。始めるよ、みんな!」

 白雪の声に、その場にいた全員が頷いた。

「まずは巣を壊す……『木の葉』!」

「『カード』よ、切り刻め!」

 花琳が放った葉と、拓人が放ったカードが張り巡らされた太い糸を切り落とそうとする……が、傷はついても落とすに至らない。

「頑丈すぎるわ!」

「僕達のアビリティが効かないとは……」

 2人が動揺した矢先、攻撃を察知した蜘蛛の目玉がギョロリと動いた。

 蜘蛛は巣から飛び降りると花琳めがけて糸を吐く。花琳はそれを走りながら躱し、蜘蛛の目玉めがけて木の葉を放った。

「あの時と同じ手には乗らない!」

 木の葉がいくつかの目に突き刺さり、蜘蛛は苦しそうに蠢いた。

「白雪君!」

「いい動きだ!『氷牙』!」

 白雪の放った氷の刃が、蜘蛛の目を完全に潰した。視力を失った蜘蛛の動きが止まる。

「流石……良いコンビネーションだ。白雪、花琳」

 巣にかかった卵を撃ちながら、杏子は感心して笑みを浮かべた。

「杏子さん……こっちは終わりました……」

「左側の卵も全部やっつけたっす!」

「ああ。私も終えた!白雪!あとはそいつにとどめを刺すだけだ!」

「分かりました……『氷柱』!」

 白雪が右手を高らかにあげると、蜘蛛めがけて空から巨大な氷柱が降ってきた。

 鋭く透き通ったそれが、蜘蛛の頭を貫き……蜘蛛はその場にだらりと崩れ落ちた。

「よし……終わった」

 白雪は蜘蛛の亡骸を見ながら、手を擦って温める。

(寒い……けど、前ほど酷くはない。無理をしなければ、まだ僕も戦える)

『高次元生物の生体反応消失を確認。皆よくやったな!』

 岩倉の声に、その場にいた全員が顔を見合わせ微笑んだ。

 しかし、その時。

「本当に終わりだって思ってる?」

「その声は……エリス!」

 花琳の声に応えるように、エリスが蜘蛛の影から姿を現した。

「久しぶりだね、お姉さん!」

「エリス……やっぱり、あなた達が私達の敵なのね」

 敵、という言葉に西日本支部隊員にも緊張が走った。

 その場にいる者達の張り詰めた空気を無視し、エリスは無邪気な笑顔を浮かべる。

「やだ、そんなに身構えないでよ~!エリスはただ、エリスの未来のために戦ってるだけ。任務遂行のために戦うお姉さん達と一緒だよ?」

「一緒にしないで!あなた達が高次元生物を生み出したから怪我をした人も命を落とした人もいるのよ!」

 花琳が険しい顔で言い放つ。しかし、エリスは動じず、寧ろ花琳を睨み返した。

「それを言ったら、お姉さん達の生きる過去がエリス達の未来を潰したんだよ?」

「未来を……?」

「そ!お姉さん達のせいで、滅茶苦茶だよ……だから修正するの。アビリティの怖さを知らしめて、世界を支配して……」

「……意味が分からないわ」

「分からなくてもいいよ。要するに、特部は邪魔だってこと!」

 そう言うと、エリスは謎のキューブを取り出した。キューブは光り輝き、エリスの手に注射器が現れた。

 エリスはその注射器を指でくるりと回しながら、花琳達に怪しい笑みを向ける。

「ねぇ、この薬知ってる?アビリティ強化剤っていう、エリス達の時代の薬だよ」

「アビリティ強化剤……」

「アビリティを強める便利な薬だけど……これを過剰摂取すると、人のアビリティ細胞が肥大化して変形……高次元生物が生まれる」

 エリスはそう言ってニヤリと笑った。

「何をする気?」

「これを……こうする!」

 エリスは注射器を蜘蛛の亡骸に刺し、薬品を注入した。すると蜘蛛の前足がピクリと動く。

「ねぇ、まだ戦えるわよねぇ!」

 エリスの声に応じるように蜘蛛は立ち上がった。潰された目が元通りになり、花林達を睨む。

「『本気を出しなさい。あいつらを殺して』」

 エリスがそう言った途端、蜘蛛が激しく糸を吐いた。特部全員の足が、蜘蛛の糸によって絡め取られる。

「しまった……!」

 糸から抜け出そうともがけばもがくほど絡まり、誰も動けなくなってしまった。

「あはは!身動きとれないね!」

 エリスは高らかに笑った。

「さぁ、誰から殺しましょうか……やっぱり、厄介な氷使いのお兄さんね。『あの銀髪の人間を殺して』」

 エリスの声に呼応して蜘蛛が白雪に狙いを定める。

「さぁ、やりなさい!」

「『氷け……』うっ……ごほっ……」

 アビリティを放とうとした白雪だったが、突如としてHASの発作が起こり体勢を崩す。その隙に、蜘蛛の牙が白雪に迫った。

「だめ!!『木の葉』!」

 花琳は咄嗟に木の葉を放ち、蜘蛛の進路を妨げた。それを見たエリスがつまらなそうに溜息をつく。

「……お姉さん、生意気。『先にあの人を殺して』」

 蜘蛛は進路を変え、花琳に向かって突進する。牙が、すぐそこまで迫る。

「く……『木の葉』!」

 花琳は何とか目を潰そうと木の葉を放つが、当たらない。

(ここまでなの……?)

 花琳の頭を様々な想いが巡った。仲間のこと、海奈のこと、そして……白雪に想いを伝えられなかったこと。

(好きって言えないままだったな……)

 花琳が死を覚悟したその時。

「全て……凍てつけ!!」

 白雪の声が響き、蜘蛛が、蜘蛛の巣が、足を絡め取っていた糸が、全て凍り付いた。

「砕けろ……!」

 白雪が指を鳴らすと、凍てついた全ての物体が粉々に砕けた。足は糸から解放され、高次元生物は再生が不可能なくらい木っ端微塵に砕け散っていた。

「はぁ……はぁ……」

 白雪は胸を押さえて蹲った。

「白雪君!!」

 花琳は慌てて白雪の元へ駆け寄った。彼の顔色は青白く、体は小刻みに震えている。

 花琳は白雪の肩を支えながら、必死な表情で彼に尋ねた。

「白雪君、大丈夫!?」

「……うん。花琳は……」

「平気よ!平気に決まってる!だって……白雪君が助けてくれたんだもの!」

「そうか……よかった」

 白雪は、安心した顔で小さく微笑み……花琳に支えられながら、よろよろと立ち上がった。

「……高次元生物は倒した。エリス、君の負けだよ」

 白雪はそう言ってエリスを睨んだ。しかし、エリスは不敵に笑った。

「無理しちゃって……お兄さん1人で倒すからだよ」

「……僕だけじゃない。皆で戦って勝ったんだ」

「そんなこと言って……とどめを刺したのはどっちもお兄さんでしょ。他は弱い。つまり……お兄さんが居なくなれば私達の邪魔はいなくなる」

「そんなこと……ごほっ……」

「あはは!苦しそう!いっそ楽に殺してあげる……ね、お姉さん」

 エリスは花琳を見てニヤリと笑った。

「……何よ」

「お姉さん、辛くない?ずっとお兄さんのことを想い続けるの……ずっと報われないままでいるの」

「……何が言いたいの?」

「自分の物にならないなら……殺したくならない?」

「そんなことないわ!私は、白雪君のことを殺したいなんて……」

「強がっても無駄。『私の言うことを聞いて』」

「うっ……」

(……頭が霞む。意識が……)

「『お兄さんを殺して』」

 エリスの言葉が、花琳の頭に響く。花琳の視界が、黒く塗りつぶされていく。

* * *

『ねぇ、苦しいね』

 真っ黒な世界の中、花琳の目の前に現れたのは、若葉色の髪をお下げにした、白いワンピース姿の、12歳ぐらいの少女だった。

(この子……昔の、私……?)

『お母さんは、海奈のことばっかり責めて、私の方には見向きもしない』

 昔の花琳は、1歩ずつ花琳に歩み寄ってくる。

『お父さんは、自分のことばっかりで、私達のことを捨てた』

 昔の花琳は、苦しそうに目を潤ませながら、花琳の首へ手を伸ばす。

『私のことなんて、誰一人として見ていない』

 首へ手をかけられ、花琳は息を飲む。振り払わないと……そう思うのに、体が動いてくれなかった。

『お父さんとお母さんみたいに……白雪君も、きっと私のことを捨てるよ』

 花琳の首が締まる。息が苦しくなり、どんどんと意識が朦朧としていく。

『だから、消すの』

 昔の花琳は、泣きながら笑った。

『捨てられるぐらいなら、自分から手放した方が楽だわ』

「ぐっ……、だ、め…………そんなこと、しちゃ……」

『私に、その体を寄越して』

 霞む意識の中、昔の花琳は悲しそうな笑い声を上げた。

『あなたを捨てる人間を、全部消してあげる……!』

 その笑い声を聞いた瞬間、花琳の意識が無くなった。

* * *

 黙り込んで動かなくなった花琳の顔を、白雪は心配そうに窺った。

「花琳……?」

「……」

 しかし、次の瞬間、花琳は白雪を思い切り突き飛ばした。

「白雪!」

 杏子が辛うじて白雪を受け止める。

「花琳!目を覚ませ!!」

「……」

 花琳は腰のポーチから拳銃を取り出し白雪めがけて発砲した。

「危ないっす!」
 
 まなとが白雪の前に躍り出た。銃弾がその体に当たる。

「うっ……」

「まなと君……!」

「……大丈夫っす。俺、アビリティのお陰で体が丈夫っすから」

 そうは言うものの、まなとの額には脂汗が浮いていた。銃撃を受けた腹部にはうっすら血が滲んでいる。

「俺のことはいいっすから……早く花琳ちゃんを止めるっす……」

「……でも、どうしたら」

(凍らせる?気絶させる?……手荒な真似はしたくない……でも……)

 白雪は唇を噛んだ。それを見たエリスは高笑いした。

「どうしようもないよね!ねぇ、自分のこと好いてる人に殺されるんだよ?お姉さんはずーっとお兄さんのこと好きだったのにね!」

「花琳が……僕のことを……?」

 白雪は動揺を隠しきれない様子で花琳を見た。しかし、目の前の彼女は無感情な目でこちらを見据えている。銃口は、確実に白雪の心臓に向けられていた。

「今更気づいても遅いけどね!もうお姉さんには届かない!お兄さんはお姉さんに殺されるの!」

(……僕は、花琳の想いを踏みにじっていたのか?)

 後悔と自責の念が白雪の頭をぐるぐると回る。その時。

『白雪、落ち着け』

 白雪の頭の中に杏子の声が響き渡った。

「杏子さん……?」

『静かに。私の能力、『テレパシー』だ。敵にこちらの話が聞かれては面倒だからな』

(なるほど……それで、どうしたんですか?)

『今私達が直面してる問題は、花琳が洗脳されていることだ。何とかして彼女を正気に戻さなければ、何も始まらない』

(分かってます……でも、どうしたら)

『君の言葉だ』

(え……?)

『白雪の言葉なら……花琳に届くかもしれない』

(僕の……言葉?)

 杏子は頷いた。

『長い間一緒に戦ってきた……ずっと思いを寄せてきた相手の言葉なら、花琳を正気に戻せるはずだ』

(……僕にできるかどうか)

『弱気になるな。……君だって花琳のことが好きなのだろう?』

 杏子の思いがけない言葉に、白雪は目を見開いた。

(……なんで)

『見てれば分かる。その気持ちを、ずっと隠そうとしてきたことも……支部は違えど長年の付き合いだからな』

 そう言って杏子は微笑んだ。

『私達が援護する。……覚悟を決めろ』

(……分かりました)

 白雪は花琳を見据えて立ち上がった。それを見た花琳が身構える。

『美純、『影』で花琳の動きを封じてくれ!』

「……はい!」

 美純が地面にある自分の影に手を触れると、影が伸び、花琳の影を縛った。

「……!」

 花琳の体が強ばり、身動きがとれなくなる。銃の引き金を引きたくても引けない。花琳は目線だけで美純を睨んだ。

「花琳……」

 白雪は花琳の元へ歩み寄った。花琳が鋭く白雪を睨む。それでも白雪は歩みを止めなかった。

「……『木の葉』」

 花琳の周辺に木の葉が渦巻く。まるで白雪を拒むように。

「白雪!」

「構わないさ……『氷結』」

 木の葉が一瞬で凍り付き、パラパラと砕ける。

「はぁ……」

 白雪の息は白く、制御しきれないアビリティのせいで彼の周辺の温度が下がっていることが分かった。

「お兄さん、何するつもり?何しても無駄だよ?」

 揶揄うように笑うエリスを、白雪は睨んだ。

「……黙っててくれ」

 白雪が指を鳴らすと、エリスの体が凍り付いた。

「なっ……!?」

「それ以上凍らせられたくなかったら……口を閉じろ」

「う……」

 白雪の気迫に、エリスは思わず怯む。彼女が口を閉じたのを確認し、白雪は花琳に向き直った。

「花琳……今までごめん。何も気づかなくて」

「……」

「僕の勝手で、ずっと君を傷つけていたのかもしれない」

 白雪は語りかけるが、花琳は変わらずに白雪を睨み付けている。木の葉が発生し、白雪めがけて飛んできた。

「くっ……」

 白雪は躱すが、葉がギリギリ頬を掠めた。右頬が切れ、血が一筋流れる。

「……そうだよね。隠し事をしている人なんて信じられないよね」
 
 白雪は頬の血を拭い、花琳を真っ直ぐ見据えた。

「僕は……君に嘘をついていた」

「嘘だって……?」

 白雪の思いもよらない一言に、杏子は目を見開いた。

「……本当は覚えてたんだ。君に初めて会った日のことを」

* * *

 小学1年生の白雪は、特部の廊下を歩いていた。右手にメイドが焼いてくれたクッキーの入った袋を持って、通い慣れた姉の春花の部屋を目指して歩いていたのだ。

「姉さん、帰ってきたかな?」

 白雪が医務室の前を通りがかったその時。

「うわぁぁぁん!」

 部屋から大きな泣き声が聞こえて、白雪の足が止まった。

(誰か泣いてる……?)

 白雪がそっと医務室の中を覗くと、自分と同い年位の少女が、ベッドの横で泣いていたのだ。

「海奈が……お姉ちゃんなのに、私がちゃんと守れなかったから……」

「落ち着いてくれ……大丈夫。眠っているだけだから……」

 泣きわめく少女を見て、清野はすっかり困り果てていた。それを見て居ても立っても居られず、白雪は医務室の中に入った。

「ねぇ、どうしたの?」

「おや、白雪君。……実は、この子の妹が怪我をしてしまってね。心配で泣き止まないんだ」

「そうなんだ……」

 白雪は泣きじゃくる少女に歩み寄り、クッキーを1枚差し出した。

「え……」

「あげる。美味しいよ!」

 少女は戸惑いながらもそれを受け取り、一口囓った。控えめな甘さとバターの香りが少女の口の中に広がる。

「美味しい……」

「でしょ!」

 白雪は満面の笑みを少女に向け、彼女の隣の椅子に座った。

「僕、北原白雪。君は?」

「……美ヶ森花琳」

「花琳って言うんだ!可愛い名前だね」

 唐突に褒められ、花琳は顔を赤くした。

「……白雪君も、いい名前だと思うわ」

「ふふっ、ありがとう!」

 白雪はそう言って笑った。

「花琳って、遠くから来たの?」

「うん。お父さんと海奈と遊びに来たんだけど……高次元生物に襲われて、海奈が……」

 花琳の目に再び涙が浮かぶ。それを見た白雪は花琳の手を握った。

「大丈夫だよ。きっと大丈夫……。特部が守ってくれたから怪我も大したことないし、きっとすぐ目を覚ますよ」

「……うん」

 花琳は泣きそうになるのを堪えながら頷いた。

「……白雪君」

「何?」

「白雪君は、特部の人なの?」

「ううん……姉さんが特部なんだ。僕は体が弱いから……でも、いつか特部に入りたいと思ってる」

「高次元生物と戦うために?」

 花琳の問いかけに、白雪はにこりと笑って頷いた。

「姉さんみたいに、皆を守れるようになりたいんだ!」

「……素敵だね」

「そうかな?」

「うん。白雪君ならきっとなれるわ」

「花琳……ありがと!」

 白雪は明るい笑顔を見せた。つられて花琳も笑顔になる。

 その時、医務室のドアが開いて、マントを着けた撫子色の長い髪の少女が入ってきた。

「白雪!ここにいたんだ」

「あ!姉さん!」

 白雪は春花に駆け寄った。

「これ、姉さんに持ってきたんだ!メイドさんが焼いてくれたんだよ。みんなで食べよう!」

「あ、クッキーだ!千秋達も呼ぼうかな……。ねえ、あなたも来る?」

 春花の言葉に、花琳は慌てて首を振った。

「海奈の傍にいたいから……」

「そっか。早く治るといいね!」

 春花はそう言って花琳に微笑みかけた。

「それじゃ白雪、行こっか」

「うん!花琳、じゃあね!」

「う、うん!」

 白雪は花琳に大きく手を振って医務室を後にした。

* * *  

「……あの日、花琳が僕の夢を後押ししてくれたから……信じてくれたから、僕は今ここにいるんだ」

「……!」

 花琳の瞳が僅かに揺らいだ。

「ずっと、君の言葉を支えにしてた。誰かのために泣ける君の優しさが、忘れられなかった。姉さんの真似事をして、あの頃の僕を捨てた後も……君への想いを、隠し通そうと決めた後も」

 白雪は花琳をそっと抱き締めた。

「好きだよ。ずっと好きだった。だから……戻って来て。花琳」

* * *

 花琳は、重たい体を必死に動かし、自分の首を絞める過去の自分の手を、震える手で掴んだ。

「ぐっ……。お願い、聞いて」

『何よ……今更、何を言うっていうの?』

 そう言い、過去の花琳は花琳を鋭く睨む。

 しかし、花琳は怯まなかった。

「私……あなたに謝りたいの」

『え……?』

「ごめんね。ずっと、無視してて」

『……!』

 花琳の言葉に、過去の花琳は驚いた表情を見せ、首を絞める手を離した。

「自分を見てもらえなかったこと。そして、捨てられたこと……。本当はすごく辛かったのに、私……お姉ちゃんだからしっかりしなきゃって思って、ずっと、その気持ちに気付かないフリをしてた」

 花琳は、過去の自分の手を、自分の両手で包み込んだ。

「心のどこかで、また捨てられるって思ってたから……白雪君にお礼を拒絶された時は、涙が止まらなかったわ。……でもね」

 花琳は、優しい微笑みを過去の自分に向ける。

「私、信じてるの。白雪君は、私を大切にしてくれる人だって。だって……私に見せてくれる優しい笑顔は、私を励ましてくれた時と、何も変わらないから」

『……そう、なの?』

「うん。私には分かる。だって……その笑顔が、ずっと好きだったんだから」

 花琳は、過去の自分の手を包み込んだ両手を離し、彼女を両腕で抱きしめた。

「だから、一緒に言いましょう?大好きな人に、大好きって」

 そう優しく言う花琳の背中に、過去の花琳の腕が回った。

『……うん』

 彼女の、涙声の返事が聞こえたその瞬間、花琳の意識が柔らかく途切れた。

* * *

 白雪に抱き締められた花琳の頬を、涙が伝った。そして、その手から、銃が地面に落ちる。

「……白雪君」

「花琳……大丈夫?」

「……うん」

 花琳の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

「白雪君……好き。優しくて、格好よくて、私を励ましてくれた白雪君が、ずっと好きだった……!」

 影から解放された花琳は、白雪の胸に顔をうずめた。

「……うん。ありがとう」

「正気に戻ったって言うの……!?」

 エリスの表情が歪んだ。その様子を見た杏子が、不敵に笑う。  

「その通り。君の負けだ。身動きも取れないだろう?このまま拘束して、本部に連行する」

「……嫌。絶対に嫌!まだ終われない!」

 エリスが叫んだ途端、氷の中の手に握られたキューブが激しく光り出した。

「なんだ……!?」

 光が収まると、そこにエリスはおらず、ただ氷だけが残されていた。

「逃がしたか……」

 杏子は悔しそうに舌打ちをした。

「……でも、とりあえず任務遂行じゃないっすか?蜘蛛は全部退治したし、遊園地も元通り……後は花琳ちゃんとお茶できたらパーフェクトだったんすけど……」

 まなとはそう言うと、残念そうにため息をつきながら花琳達を見る。それにつられて、杏子も2人の方を見た。

「2人とも、いつまでくっついてるんだ」

 杏子に苦笑いされ、花琳は慌てて白雪から離れた。白雪は少し物足りなさそうに花琳を見ているが、花琳は恥ずかしさのあまり彼の顔を見れないでいる。

 その真っ赤な顔につられて、白雪の頬もほんのり染まった。

「……俺達はお邪魔みたいっすね」

「先に帰ってるぞ。2人とも」

「……ぼ、僕達も行きます」

 白雪は慌ててついて行こうとしたが、花琳に服の裾を掴まれ立ち止まった。

「花琳?」

 突然のことに戸惑う白雪を見て杏子はにやりと笑った。

「気にするな。積もる話もあるだろう。ゆっくり話しながら来るといい」

「ち、ちょっと……」

「報告は私達に任せろ。それじゃあな」

 そう言って、杏子をはじめとする西日本支部の面々は遊園地を出て行ってしまった。

「……花琳、どうしたの?」

 白雪が尋ねると、花琳は恥ずかしそうに目を逸らした。

「……聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「……さっき言ってたこと、全部本当?」

「……僕が君を好きだってこと?」

「そ、それとか……私の言葉を支えにしてくれてたとか……」

 ごにょごにょと話す花琳を見て、白雪は吹き出した。

「ふっ……」  

「な、何がおかしいの!?」

「いや……可愛いなって」

 白雪に無邪気な笑顔でそう言われ、花琳は真っ赤な顔で頬を膨らませた。

「もう、揶揄わないでよ!」

 花琳の怒った顔を見て、白雪は慌てて謝る。

 ただし、嬉しそうな笑顔は崩さずに、だ。

「ごめんごめん……本当だよ。全部本当。どうして?」

「……そんな素振り見せなかったから」

 花琳にそう言われ、白雪は少し目を伏せた。

「それは……隠してたから。ずっと後ろめたくて……」

「後ろめたいことなんてあったの……?」
 
 花琳が首を傾げた。それを見た白雪は少し苦笑いする。

「……姉さんのようになるために、僕は自分を押し殺してた。それだけじゃない。姉さんを守ってくれなかった、総隊長のことも、ずっと憎んでいた。再会した時……君は何も変わっていなかったのに、僕は……こんなに醜く変わってしまった……」

 白雪はそこまで言うと、目を閉じて切なそうに笑った。

「だから、君への想いも、伝える資格すらないって思ってたんだ」

 そう言う白雪に対して、花琳はゆっくりと首を横に振った。

「そんなこと……気にしないわ」

「え?」

「どんな白雪君も、白雪君だもの。私を励ましてくれた優しい白雪君と、目の前にいる白雪君は同じ人でしょ?」  

「花琳……」

「それに……白雪君は変わったなんて言ったけど、優しいところは、今も昔も変わってないわ」

 花琳はそう言って、優しい笑顔で彼を見つめた。白雪も、その笑顔に穏やかな微笑みで応える。

「花琳……ありがとう」

「……うん。だから、これからもよろしくね。白雪君」

 花琳の言葉に、白雪は優しく頷いた。2人は並んで歩きながら、遊園地を後にした。


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