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僕らと命のプレリュード 第46話

 翌日、中央支部隊員は全員が総隊長室に集められていた。

「集まってもらってすまない。今日は君達に伝えなければならないことがある」

 千秋のただごとではない様子に、隊員は全員固唾を呑む。

 部屋の中に緊張感が走る。千秋は、隊員全員の顔を見渡して、ゆっくりと口を開いた。

「……高次元生物は人為的に生み出されている」

「え……!?」

 聖夜は驚いて声を上げた。他の隊員達も、目を見開いて驚きを隠せない様子だ。

 千秋はそんな隊員達に対して、落ち着いた様子で話を進める。

「驚くのも無理はないが……この資料を見て欲しい。琴森、頼む」

「分かりました」

 琴森は千秋に頷き、隊員に5枚綴りの紙の資料を配った。

 その資料には、高次元生物が出現した場所を詳しく分析したデータが載っていた。

 隊員達は、各々資料に目を通す。

 白雪や深也がその資料を素早く読み進めている一方で、聖夜と柊は見慣れないデータを前にして、あまりピンと来ていない様子だ。

「高次元生物が出現したポイントに残っている残滓が、ワープパネルを使用したときに残るものと一致した」

 千秋がそう言うと、聖夜が首を傾げる。

「残滓……?」

 理解が追いついていない様子の聖夜に対して、琴森が分かりやすく付け加える。

「あなた達が任務に使うワープパネルは、『転移』のアビリティを応用したものなの。そして、アビリティとはエネルギーを変化させたり、利用したりすることで特殊な効果を発揮させるもの。だから、利用した後には必ずエネルギーの残滓が残る」

「じゃあ、その残滓がワープパネルのものと一致したってことは……」

 聖夜がそう言うと、琴森は頷いた。

「そう。何者かが高次元生物を各地へ送り出しているということ」

「でも……一体誰が」

 誰も聖夜の言葉に答えることができず、部屋が静まり返る。

 その沈黙を破るように、花琳が手を挙げた。

「心当たりがあります」

 花琳の申し出を聞き、千秋は彼女を真っ直ぐと見据える。

「話を聞かせてくれ」

 千秋に促されて、花琳は静かに頷き、自分の意見を話し始める。

「はい。……先日、蜘蛛型の高次元生物を従えていたエリスという少女に会いました。彼女は高次元生物を自分の物だと言っていたんです」

「つまり、エリスという少女が高次元生物を送り出していると?」

「はい……でも、他にも気になることがあって……」

「教えてくれ」

「はい。……エリスは特部を潰すように頼まれたと言っていました。だから、他にも仲間がいると思うんです」

「なるほどな……有益な情報をありがとう」

 千秋は真剣な顔で頷いた。

 高次元生物を送り出している敵が何者か、手掛かりが無い状態からみれば、この情報を得られたことは大きな一歩だ。

 しかし、まだまだ不明な点は多々ある。

「じゃあ、そいつらを倒せば高次元生物は生まれなくなるのか?」

 海奈の疑問に対して、千秋は首を横に振った。

「そう簡単にはいかないだろう」

「どうして?」

「高次元生物を生み出している施設を攻撃しない限り、敵を倒したとしても高次元生物は生み出される可能性があるからだ」

 千秋の言葉を聞いて、海奈は納得した様子で頷く。

「なら、施設を探して叩けばいいんだな」

「ああ……これからの敵は高次元生物だけではない。高次元生物を生み出している人物と施設を探し出し、これ以上の惨劇を止めるんだ」

「はい!」

 隊員全員が真剣な顔で返事をしたその時だった。

「大変です!」

 総隊長室の扉が勢いよく開き、真崎が慌てて中に入ってきた。

「東日本支部より応援要請が入りました!」

 焦っている様子の真崎に、千秋はしっかりと頷く。

「……分かった。翔太、柊、東日本支部へ向かってくれ」

「分かりました」

「了解!」

 柊は元気よく返事をし、真崎と共に部屋を走り出ていく。

 一方の翔太は、部屋を出る前に、聖夜にラッピングされた小さな贈り物を手渡した。

「聖夜、これ……」

「え、俺に?」

 突然プレゼントを渡されて、戸惑いを隠せない聖夜に対して、翔太は首を横に振る。

「違う。燕にだ。今日は誕生日なんだが……渡せそうにないからな」

「あー、なるほど。代わりに渡せばいいんだな」

「ああ。頼む」

 それだけ言うと翔太は部屋を出て行った。

 それを見送って、千秋は残りの隊員達を見渡して指示を出す。

「……話は以上だ。残りのメンバーは待機、またはパトロールにあたってくれ」

「了解!」

* * *

 総隊長室を解散した後、非番だった聖夜は、真っ直ぐ町立病院に向かっていた。

「誕生日プレゼントか……何が入ってるんだろう」

 聖夜はプレゼントを空にかざす。ハッピーバースデーと書かれた小さな赤いシールの貼られたそれは、シンプルにラッピングされており、聖夜の片手に収まるサイズだ。

「そういえば柊に誕生日プレゼントなんて渡したことないな。同じ日が誕生日なのもあるけど……。翔太はほんとに妹思いだな」

 そんなことを考えながら、聖夜は病院の自動ドアを通り、玄関ホールのエレベーターに乗る。

 2階です。というアナウンスと共に、ドアが開く。聖夜は精神科病棟で降りて、燕のいる病室へ向かった。

 病室の扉の前に辿り着いた聖夜はコンコンと数回ノックし、中へ声を掛ける。

「燕ちゃん、入るよ」

「はい」

 燕の声が聞こえたのを確認し、聖夜はドアを開けて中へ入った。

「あ、聖夜さん。こんにちは」

 燕は控えめに微笑みながら会釈をする。

 出会ったばかりの時は、無表情でいることが多かった燕。そんな彼女も、最近はこうして笑顔を見せてくれるようになった。

 少なくとも、聖夜の前ではそうだ。

「今日は1人ですか?」

「うん。燕ちゃん、手、出して」

 聖夜は、いつも通り穏やかな声色で、燕にそう促した。

 燕はそれを聞き、少し不思議そうな顔をしながら右手を出す。

「聖夜さん、手がどうかしたんですか……?」

「これ、翔太からの誕生日プレゼントだって」

 聖夜は燕の手に、先程託されたプレゼントを乗せた。燕はそれを見て、嬉しそうに目を輝かせる。

「お兄さんから……!あの、開けてもいいですか?」

「もちろん!」

 燕は、丁寧にラッピングを開封する。すると中から、羽をかたどったゴールドのネックレスが現れた。

「かわいい……」

 燕は、思わず顔を綻ばせる。それを見た聖夜は、ふと思い立って、

「燕ちゃん、付けてあげよっか?」

と、穏やかに声を掛けた。

「えっ……!?」

 燕の頬が、ほんのりと赤くなる。ネックレスを付けてもらえるのが嬉しかったのか、それとも照れくさかったのか……きっと、後者だろう。

「あっ、えっと……いいんですか?」

「もちろん!ネックレス貸して」

「は、はい」

 燕はネックレスを聖夜に手渡し、彼に背を向ける。

 聖夜は、燕の首にネックレスを掛け、留め具を止めようと手を動かす。

 気になる相手の大きな手が、自分に触れられる距離にある。それだけのことで、燕の心臓の鼓動が早くなる。頬が、一気に熱くなる。

 このうるさい胸の音がバレてしまわないか、この頬の熱が伝わってしまわないか、燕は気が気じゃなかった。

「よっし、できた!燕ちゃん、こっち向いていいよ」

 しかし、聖夜は燕の乙女心には気づきもせず、明るい声で彼女を呼ぶ。

 燕は、それに少し安堵しながら、深呼吸をして聖夜に振り返った。

「聖夜さん、似合いますか……?」

 燕が尋ねると、聖夜はニカッと笑って頷いた。

「うん!バッチリ似合ってる」

「……ありがとうございます」

 聖夜の言葉に、燕は、はにかみながら微笑んだ。

「ああ。翔太が帰ってきたら、翔太にも言ってあげてな」

「はい。もちろんです」

 燕の嬉しそうな表情を見て、聖夜の胸も温かくなっていく。

 もっと、燕ちゃんを喜ばせてあげたい。そう思った聖夜は、彼女に明るく提案した。

「あのさ、せっかくお洒落なネックレスつけてるんだし、ちょっと散歩しない?」

 その提案に対して、燕は不思議そうに首を傾げる。

「散歩ですか……?でも、誰も私なんて見ませんよ」

「気分の問題だよ!ほら、今日天気良いしさ。あと誕生日だし!」

 燕は少し悩んでいたが、ふと、ある考えが浮かぶ。

 これは、気になる相手せいやさんと一緒に出かけるチャンスではないか……と。

 燕は、照れる気持ちを押し隠して、平静を保ちながら聖夜に頷いた。

「……そ、そうですね。あの……ついてきてもらってもいいですか?」

 燕の問いかけに、聖夜は明るく頷いた。

「うん。もちろん!」

* * *

 聖夜と燕は病院を出て、病院付近にある西公園を歩いた。もうすっかり桜も散り終え、空気は初夏の香りで満ちている。

 歩く度に燕のネックレスに光が反射して、キラキラと輝いた。

「ふぅ……緑が気持ちいいですね」

「うん、そうだな!」

 燕は、公園で一番大きな桜の大木の下で、深呼吸して空を仰いだ。

 出かける前までの緊張や恥ずかしさが、吐かれた息と共に解けていく。

「出かけてよかったです。病室の中だったら、味わえませんでした」

 そう言って、燕は聖夜にふわりと微笑んだ。

「そっか。よかった!」

 聖夜も、その言葉に明るい笑顔を返した。

 その笑顔に、燕の胸が高鳴る。

 燕は、青空のように爽やかな聖夜の笑顔が好きで堪らなかった。

 記憶が戻らないことへの不安や、周囲に対して迷惑を掛けてしまっている申し訳なさも、聖夜の前では忘れられた。

 普通の、少女でいられたのだ。

 告白することも考えたが、恥ずかしくて行動に移せずにいる。

 今も、聖夜に自分の気持ちが悟られるのが恥ずかしくて、燕は話題を変えて誤魔化した。

「とっ、ところで!お兄さんは今どこに……」

「あ……翔太なら、特部の任務で、東日本支部に行ってるよ。柊と一緒だ」

 聖夜にそう言われ、先程まで聖夜でいっぱいだった燕の心を、兄の翔太のことが占める。

 記憶が無いため、翔太のことは覚えていない。しかし、病院で気がついた時から、何度も何度も自分の所へ足を運んでくれた翔太。

 一度、千秋が自分の元へ訪れ、自分の入院費や生活のことを全て負担するから、安心するように言ってくれたことがあった。

 その時、聞いたのだ。

 兄の翔太が戦いに身を投じることを条件に、自分の生活を保証すると、翔太と約束したということを。

 記憶が無いものの、自分のためにそこまでしてくれる翔太は、間違いなく自分の兄なのだろう。

 そして、自分のことを、とても大切にしてくれているのだろう。

 それが分かっているから、燕にとっても翔太は大切な存在だった。

「そうですか……」

 燕が少し顔を曇らせるのを見て、聖夜は首をかしげる。

「どうかした……?」

「いえ……ただ、心配で。私の記憶にはないけど、あの人は私のお兄さんで、唯一の家族ですから」

「そっか……」

「聖夜さんも、心配じゃないんですか?柊さんも、任務に出てるんですよね?」

 燕が、不安げな顔で聖夜に尋ねる。聖夜はそれに、落ち着いた声で答えた。

「確かに心配だけど……でも信じてるからさ。翔太は強いし、柊も強い。だから大丈夫だよ」

「信じてる……か」

 燕はネックレスに触れて目を閉じた。

「お兄さんの無事を、私も信じます。早く会って、お礼が言いたいから」

 燕はそう言うと、ゆっくり目を開いて穏やかな笑顔を見せる。

「うん!それがいいよ」

 聖夜はそれに笑顔で応えた。

 その時だった。

「強盗だ!捕まえて!」

 商店街の方から悲鳴が聞こえた。

 聖夜が向こうを見ると、公園の方にキャリーケースを抱えた男性が走ってくるのが目に入った。

「どけ!」

 強盗犯は手から薔薇の枝を伸ばし鞭のように振い、通行人を退けながらこちらに迫ってくる。

 聖夜はそれを止めようと体術の構えを取ろうとして……傍で呆然としている燕の存在を思い出した。

(俺一人なら戦える……けど、今は燕ちゃんがいる)

 悩んだ末、聖夜は燕の手を引いた。

「燕ちゃん、逃げよう!」

 しかし、燕の反応はない。

「燕ちゃん?」

「うっ……、薔薇の……人……!」

 すると突然その場に崩れ落ち、頭を押さえてうずくまった。

「燕ちゃん?燕ちゃん!」

「う……うう……」

 聖夜は何度も燕に声を掛けるが、燕からの返答はない。

 聖夜達が動けないでいるうちに、強盗犯が迫る。

「……戦うしかない!」

 聖夜は覚悟を決め、強盗犯の前に立ちはだかった。

「なんだ……お前も僕の邪魔をするのか?」

 強盗犯は、聖夜を鋭く睨みつける。聖夜は、それに怯みそうになる気持ちを堪えて、言い放った。

「これ以上好きにはさせない!」

「邪魔するならお前も敵だ!」

 強盗犯はとげの生えた枝をしならせ、聖夜に襲いかかった。

「『加速』!」

 聖夜はアビリティで枝を寸前で躱した。

(相手は人間だ。高次元生物じゃない……どう戦えばいいんだ……)

 聖夜の迷いを感じ取り、強盗犯が口の端を釣り上げる。

「どうした?来ないのか?」

「く……」

「ハッ!意気地なしが!」

 再び枝が勢いよく迫ってくる。聖夜は身軽にそれらを躱すものの、突破口が見いだせずにいた。

(だめだ、埒が開かない……)

 ただ体力を消耗して、敵の攻撃を躱すことしかできない。そんな自分が情けなかった。

(こんなんだから、アビ課に受からなかったのかな……)

 聖夜はただ、自分の甘さを痛感していた。

 徐々に息が上がり始める。

「これで終わりだ!」

 一瞬の隙を突かれ、聖夜の眼前にとげのある枝が迫った。

(しまった……!)

 枝が聖夜の胸を貫こうとした、その時。

「飲み込め」

 黒い闇が、枝を丸ごと飲み込んだ。

「な、なんだ……?」

「アビリティを私欲のために使っているのは、君かな?」

 穏やかな、しかし、冷徹さも感じられる声。聖夜が声の主を振り返ると、見覚えのある金髪の少年が、野葡萄色の瞳を冷たく光らせながら立っていた。

「ノエル……!」

「縛れ」

 ノエルの一言で闇は自在に動き、大蛇が巻き付くように強盗犯を縛り上げた。

 ガタンと音を立てて、キャリーケースが地面に落ちる。

 強盗犯は、強く巻き付かれて苦しそうに呻きながら、ぼやける視界にノエルを映した。

「ぐぅ……」

「さぁ、どう痛めつけてやろうか」

 強盗犯の目に映ったノエルの眼差しは、恐ろしく冷酷だった。

「僕の『闇』は変幻自在。君を食い尽くすことも、貫くことも、握りつぶすこともできる」

 一言一言から感じられる、鋭い嫌悪と殺意。少しでも対応を間違ったら殺される。そんな恐怖に支配された強盗犯の目から、ボロボロと涙が滴る。

「ひぃっ……!」

「ノ、ノエル……落ち着け」

 聖夜もまた、ノエルのただならぬ雰囲気を感じ取り、彼をなだめようと声を掛けた。

 聖夜は、強盗犯を止めるべきではあるものの、命を奪うべきではないと考えていたのだ。

「アビリティで他人を傷つけたんだ。それ相応の覚悟はあるんだろう?」

「す、すみません!命だけは!」

 涙ながらに懇願する強盗犯だったが、ノエルは聞く耳をもたない。

「せめてもの慈悲だ。死に方を選ばせてあげるよ……!」

 ノエルの瞳が、仄暗い輝きを増す。

「ひぃ……!いやだ、死にたくない!」

 このままでは、ノエルは強盗犯の命を奪いかねない。これ以上は危険だと判断した聖夜は、ノエルの肩を強く掴んだ。

「ノエル!」

 その時、サイレンの音が聞こえ始めた。

 サイレンの音は大きくなり、やがてパトカーが公園に止まった。パトカーから降りた警察官が駆け足でこちらにやって来る。

「アビリティ課の職員だ。そいつが強盗犯だな……盗んだものは?」

「あ……、多分あれです……」

 聖夜は地面に転がったキャリーケースを指さした。

 警察がキャリーケースを拾い中身を開けると、中には宝石が何個も入っていた。

「中身は無事のようだな……」

 すると警察官が犯人に歩み寄り、闇の隙間から覗いていた手に手錠をかけた。それを見たノエルがアビリティを解除する。

「君達、ご協力ありがとう」

「いえ、俺は何も……」

 聖夜は傍らのノエルを見たが、その表情は冷たいままだった。

(ノエル……一体どうしたんだろう……)

「とにかく、私は犯人を連行するから。君達も気をつけて」

「は、はい!」

「それじゃあね」

 警察がその場を去り、聖夜とノエルはその場に取り残された。

 聖夜は、冷酷な表情のまま遠くを見つめるノエルの顔を、心配そうに覗き込む。

「ノエル……その、大丈夫?」

「……ああ、平気さ」

 ノエルは聖夜の方を見て微笑みを作った。しかし、目は全く笑っていない。

 先程のノエルは、心の底が冷え込むような恐ろしい雰囲気だった。それこそ、人を殺すことすら厭わない意思を、敵ではなかった聖夜ですら感じたほどだ。

 初めて会った時の、あの優しい微笑みからは想像できないほど……冷酷だった。

 どちらが本当のノエルなのか。ノエルの目的は何なのか。

 ノエルは……一体、何者なのか。

 考えれば考えるほど、ノエルは謎に包まれている。

 美しい向日葵色の金髪と、透き通った野葡萄色の瞳は、確かに綺麗だったが、その得体の知れない不気味さは拭えなかった。

 それでも、聖夜は信じたかった。

 あの日、初めて会った優しい少年が、本当のノエルだと。

 聖夜はそこまで考えて、ふと、初対面の時に彼が落としていった髪飾りを思い出した。

「……あ!そうだ」

 聖夜は上着のポケットに手を突っ込み、向日葵の髪飾りを取り出す。

「ノエル、この髪飾り落としてないか?」

 聖夜がそれを差し出すと、ノエルの目が見開かれた。

「それは……!」

 ノエルは慌てて髪飾りを手に取った。そして髪飾りが壊れていないかを入念に確かめ、胸をなで下ろした。

「君が拾ってくれたんだね。ありがとう……」

 ノエルはさっきと打って変わって、心底安心したように微笑んだ。

「大事なものなんだ。もう見つからないかと思った」

「そっか……よかった」

 聖夜は、ノエルの空気が和らいだことに安心し、頬緩ませた。

 そんな聖夜のことを、ノエルは真っ直ぐに見つめて、口を開く。

「……聖夜、君はアビリティをどう思う?」

 ノエルの問いかけに、聖夜は首を傾げた。

「どうって……うーん……」

 聖夜は、右手を顎に当てながら少し悩み、やがて口を開いた。

「便利なものだと思う。生活を豊かにしてくれているのもアビリティだし、戦う時に使うのもアビリティだ」

「じゃあ、君はアビリティは必要だと……そう思うんだね?」

 ノエルの言葉に対して、聖夜は迷いなく頷く。

「……ああ。アビリティは誰かを守るために必要だと思う」

「そうか……」

 ノエルは少し俯き、やがて吐き捨てるように言った。

「僕はそうは思わない。アビリティは……未来を壊す道具だ」

 その様子を見て、聖夜は戸惑いの表情を浮かべる。

 アビリティは、確かに犯罪の道具になることもある。しかしそれと同時に、一人一人に与えられた個性でもあるのだ。それに、生活を便利にするのも、高次元生物から誰かを守るのも、アビリティの持つ力だ。

 それが、聖夜達の常識だった。

「ノエル……?」

「聖夜、君は優しい。だがらこそ、馬が合うと思ったんだけどな」

 ノエルは寂しそうに微笑みながら、聖夜を見つめた。

「さよなら。聖夜」

 ノエルはそう言い残すと、振り返ることなくその場を立ち去ってしまった。

「ノエル……」

 聖夜は、ノエルの背中を見つめることしかできなかった。

 ノエルの、アビリティに対する考えを、否定することもできずに。

 ノエルの意見が自分と異なっていたからか、それとも、ノエルの寂しそうな笑顔が胸に突き刺さっているからか、嫌な胸騒ぎがした。

「アビリティは未来を壊す道具……そんなことないよな」

 聖夜はそう自分に言い聞かせ、その悪い予感に蓋をしようとする。

 その彼の傍で、か細い声が聞こえた。

「聖夜さん……」

「あ!燕ちゃん……!」

 聖夜は慌ててうずくまる燕に駆け寄り、その背中をさする。

「大丈夫?」

「はい……えっと……」

 燕はゆっくりと体を起こす。

 その顔は、涙でびしょびしょに濡れていた。

 それに気が付き、聖夜は目を見開く。

「な、泣いてる……!?どこか痛む?大丈夫?」

 慌てる様子の聖夜に向かって、燕はすぐに首を横に振った。

「だ、大丈夫です!どこも痛くありません!……ただ、思い出したんです」

「思い出した……?」

「はい……」

 燕は涙を拭いながら、口を開いた。

「私、過去の記憶を思い出したんです……」


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