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僕らと命のプレリュード 第36話

 東京都心の大通り。その上空に、大きい鷲のような、鳥型の高次元生物が旋回していた。人々がその高次元生物に目を奪われている中、深也は銃を構える。

(……撃ち落とせれば、こっちのものだ。でも……下を歩いている人にも被害が出る可能性がある。せめて、避難させることができればいいんだけど…………)

 どうすれば良いか考えている僅かな隙に、高次元生物が地上に向かって急激に高度を下げてきた。猛スピードで迫ってくる高次元生物に、怯えて逃げる人々。しかし、風圧で煽られて多くの人が宙を舞う。

(っ…………!まずい、このままだと、僕も…………!)

 ビルとビルの間の、広い道路を建物ギリギリで迫ってくる高次元生物。深也もその風に耐えきれず、大きく吹き飛ばされてしまった。

(何とか、体制を立て直さないと……このまま落下したら、僕も他の人もタダじゃ済まない。どうすれば…………!)

 深也がすっかり焦ってしまっていた、その時。

「『遅延』!」

「『突風』!!」

 聞き慣れた2人の声が聞こえ、深也や他の人達の落下速度が緩やかになる。そして、激しい風に押し返されて、怯んだ高次元生物が再び上空へと舞い戻った。

 深也は落ち着いて着地すると、振り返って声の主を確認した。

「柊ちゃん!翔太君!」

「深也君、遅れてごめんね」

「状況は?」

 翔太が問うと、通信機から琴森の声が聞こえた。

『敵はあの鳥型の高次元生物、1体よ。アビリティは『飛行』。地上にいる人達の安全を考えると、空中戦でケリをつけた方が良さそうね』

「空中戦……か」

 琴森の言葉と、仲間のアビリティを元に、深也は作戦を組み立てる。

「空中戦でとどめを刺すことを考えると、決定打は僕の銃か翔太君の『かまいたち』。ただ、攻撃を当てるために相手の動きを止めるのが先決…………。柊ちゃんの『遅延』で、相手の動きを鈍くして欲しい。その隙に、僕と翔太君で攻撃しよう」

 深也の作戦に、2人がしっかりと頷く。

「よし、じゃあ私から行くよ!『遅延』!」

 柊が手の平を高次元生物に向けて声を出すと、高次元生物が空色の光に包まれて、動きが遅くなった。

「『かまいたち』!」

 翔太は風の刃を放った。しかし……的が離れているせいで、当たる前に分散してしまう。

「……狙え、僕…………!」

 深也も銃を構えて発砲するが……地上からでは的が小さくて当たらない。そうしているうちに、柊の『遅延』が解けて高次元生物が翼をはためかせてこちらへ暴風を送り込んでくる。

「っ…………!相殺してやる!吹き荒れろ!」

 翔太が腕を大きく振り、激しい風を相手の暴風に向かってぶつけるが、それでも完全に相殺することはできず、立っていられない状況が続く。

「っ……どうしたら、いいんだろ…………」

 柊が焦った声を出す。その隣で翔太も悔しそうに舌打ちした。でも……深也は、妙に冷静だった。

「距離が遠くて攻撃できないなら……縮めればいい」

「え?深也君、どういうこと?」

「距離を縮めるって……地上戦には持ち込めないんだぞ?どうするつもりだ……」

 戸惑う2人に向かって、深也は落ち着いて作戦を伝える。

「柊ちゃん、もう一度『遅延』をして。それで、翔太君は僕に合わせて、上空に『暴風』を吹かせて欲しい」

「は?お前に合わせて……?それじゃあ、お前だって危険なんじゃ…………」

 目を丸くする翔太に向かって、深也は真剣な顔で首を横に振った。

「大丈夫。…………僕を信じて。絶対に、僕が倒すから」

 深也の落ち着いた様子を見て…………2人が、顔を見合せて頷く。柊が、風に煽られながらも手の平を突き出した。

「よし、いくよ!『遅延』!!」

 青い光に包まれ、高次元生物の動きが、再び遅くなる。それを確認すると同時に、深也は風に逆らって高次元のもとへ駆け出した。

「翔太君!!」

「ああ!信じるぞ!深也!!」

 翔太はそう叫びながら、右腕を振り上げる。すると、深也の体が激しい風によって吹き上げられた。体制を崩しながらも、深也は上空へと舞い上がり……高次元生物の真上に躍り出た。

「これで……!」

 深也は腰から出した折りたたみ式の長いナイフを、高次元生物の脳天に突き立てる。

「ギ、ギシャァァッ…………!」

 高次元生物の断末魔が響き渡り……ヤツはナイフを持った深也ごと急速に落下を始めた。

 このまま落下したら、深也もまず助からない。しかし……深也は、大丈夫だと信じていた。

「『遅延』!!」

「『突風』!!」

 仲間が助けてくれることが、分かっていたから。

 柊のアビリティのお陰で、深也の落下速度は急激に遅くなり……翔太の『風』の抵抗のお陰で、強い衝撃も無く着地できたのだ。

 無事に着地した深也は、ナイフを抜き取り、タオルで汚れを拭き取って畳む。

「深也君!」

「深也……!」

 柊と翔太が、深也に駆け寄り、ずいっと詰め寄った。

「ち、ちょっと、2人とも顔が怖いんだけど…………何で?」

「何でも何もないよ!すっごく危ないことしてたじゃん!」

「俺達のフォローが間に合わなかったらどうするつもりだったんだ!!」

「え、えっと…………2人なら、大丈夫かなーって、思って…………」

「むぅ……信頼してくれてるのは嬉しいけど、心配したんだよ!ほんと、ヒヤッとした…………」

「お前の無茶に乗っかってしまった自分が恨めしい…………」

 2人には叱られてしまったが、2人とも、自分の無事を心配してくれていた……それが分かっただけで、深也はなんだか嬉しかった。それが表情にも出てしまっており、彼の顔は自然とニヤケていた。

「あ、深也君、笑ってる!」

「おいお前、自分が危険なことしたって自覚あるのか?……反省してないだろ」

「ふふっ……ううん、大丈夫だよ。……してる。反省してる」

「ほんとに?怪しいなぁ……」

 柊も翔太も、深也のことをジトッとした目で見る。その視線が少し気まずくて、深也は何て言えば許してくれるか必死に考えた。しかし、うまい言葉がなかなか思いつかず……深也が何も言えずにいた、その時。

 パチパチパチ……と、道路の脇の人達が、拍手をする音が聞こえてきた。

「守ってくれて、ありがとうございました……!」

「かっこよかったぞー!」

「ヒーローみたいだった!」

 沢山の人から、褒められ、深也は戸惑いの表情を浮かべた。

(別に……僕は、特部として任務を果たしただけで。褒められたくてやった訳じゃなくて…………。それに、こんなに大勢の人から褒められるのも、なんか恥ずかしい……)

「っ…………お、俺は、別に、そんな…………」

 深也の隣で、照れ屋な翔太君も顔を赤くしていた。

 男子2人が縮こまってしまっている中、柊が、深也と翔太の背中をバシッと叩いて笑顔を見せた。

「褒め言葉はさ、素直に受け取ろう?私達、みんなのことをしっかり守れたんだよ。それって、任務ではあるけど、すごいことだよ!ね?」

 柊の明るい笑顔に、深也と翔太の気持ちが落ち着いていく。少し照れくさかったが深也達は周りの人々にお辞儀をし、感謝の気持ちに応えた。

 そして……お辞儀を終え、深也が顔を上げると、そこには懐かしい顔の男子がいた。

「……深也」

「っ…………陽……?」

 紺色のブレザーを着た、黒い短髪の男子。深也のかつての親友が、昔と同じ雰囲気のまま、目の前に現れたのだ。


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