僕らと命のプレリュード 第50話
──旭が中央支部を訪れる数時間前のこと。
眞冬は、道路に広がる散った桜の花びらを踏みながら、夕暮れの町を歩いていた。彼の片手にあるのは、アビリティ課から支給された、アビリティ感知装置。小さなタブレット端末のそれは、周辺のアビリティエネルギーを感知して知らせてくれる。
アビリティが発動された後にできる、エネルギーの残滓。肉眼では確かめられないほど微量なそれは、発動者のアビリティによって形状を変える。そして、アビリティを応用して作った装置でも、残滓は残る。例えば、特部で使っているワープパネルなど、だ。
先日、眞冬は、特部総隊長の千秋直々の依頼を受けて、現地のアビリティ課と共に、高次元生物の発生地点の残滓を調査していた。この調査を依頼するということは、千秋も考えていたのだろう。
──高次元生物が、人為的に生み出され、各地に転送されている可能性について。
そして、眞冬達が調査した結果……その可能性は、確実なものへと変わった。
高次元生物の発生地点にあった残滓は3種類。1つ目は、特部隊員のアビリティエネルギー。2つ目は、高次元生物のアビリティエネルギー。
そして、3つ目。ワープ装置を使う時に発生する『転移』のアビリティエネルギー。
千秋が予測していた通り、高次元生物は何者かによって各地に転送されていた。
その調査結果を千秋に知らせた翌日には、特部でも本格的に元凶を絶とうと動くことになったようだ。それを聞いた眞冬は、自分も協力できたらと思っていた。眞冬は元特部で戦闘経験もあるし、何より今、探偵として働いている。黒幕を探すのに、自分以上の適任者はいないと、眞冬は思っていたのだ。
しかし……千秋は、彼の申し出を断った。眞冬を、危険な目に遭わせないために。「ここから先は、私たち特部の仕事だから」そう言って。
「納得いかねぇっての……!」
その時のことを思い出して、眞冬は思わず足元の桜の花びらを蹴ってしまった。蹴られた花びらが、眞冬の足が起こした風で、乱暴に宙を踊う。その些細な光景が、8年前に春花を亡くした日の景色と重なった。
「……春花だって、こんなの望んでないだろ。なんで、千秋は1人で抱えてやがる。俺のこと…………信頼できねぇのかよ」
足元で散らばった花びらを睨みつけながら、眞冬は足を止めた。そして、手に持った装置をギュッと握りしめる。
千秋には止められたが、眞冬はあの後も調査を続けていた。天ヶ原町に留まらず、その周辺の町……特に、訪れる人の少ない場所を重点的に調べていたのだ。
大量の高次元生物を生み出すという規模の大きなことなど、人が多い都市部じゃまず無理だ。悪事がバレないようにするために、人の目が少ない場所、かつ高次元生物を作り出すための装置などが設置できるだけの、広い施設。そんな場所に黒幕は潜んでいると、眞冬は推理した。
そして、彼は見つけた。『転移』の残滓が収束する地点……廃病院、「朝丘病院」を。
眞冬はこのことを、千秋に知らせようとも思った。しかし、その場所だけ教えたら、千秋はどうするだろうか。特部の隊員を突入させるか、最悪、自分が前線に立とうとするかもしれない。いずれにしろ、無茶をするに決まってる。
だから……自分が、千秋が無茶をしない程度の状況を作れるように、情報を得て、それを伝える。施設の構造、敵の数、黒幕の正体……など、調べられることは沢山あった。
しかし、その調査のためには、敵の本拠地である、あの病院に潜入しなくてはならない。
「……やってやるよ。聖夜や柊や……千秋のためだ。怖くなんてねぇ」
眞冬は装置に保存してある朝丘病院の所在地を確認し、準備のために一度事務所へ戻ることにした。
* * *
懐中電灯や、証拠写真を撮るための、充電済みのスペアのスマホ、怪我をした時のための簡易医療キットなどをウエストポーチに入れて、眞冬は朝丘病院へと向かった。もうすぐ日も暮れる。暗い方が潜入には丁度いいだろうから、好都合だった。
朝丘病院がある郊外へ向かう途中……通い慣れた花屋の前で、夏実が店を閉めようとしてるのが彼の目に入った。大事な仕事の直前で、気を緩めたくなかったため、眞冬は素通りしようとしたが……眞冬が通り過ぎる前に、夏実が眞冬に気づいて、彼に駆け寄ってきたのだ。
「眞冬じゃない!こんな時間に、どこ行くの?」
「どこって……仕事だよ、仕事!探偵のな。だから、悪いけど、晩御飯は今度ご馳走になるわ」
夏実に余計な心配を掛けたくなくて、おちゃらけた態度を取って誤魔化そうとする眞冬。しかし、夏実の表情は明らかに曇る。
「仕事って……こんな時間に?前に、何があっても定時で終わるって言ってたじゃない。もう5時過ぎてるよ?」
「いや、その……残業だよ。残業」
「眞冬が残業……?信じられないんだけど」
「そういう日もあんの!」
眞冬らなんとか笑顔で乗り切ろうとするが、夏実は一向に納得した表情を見せてくれない。それどころか、どんどん不安げな表情になっていく。
(あー、埒があかねぇ……。こうなりゃ、勢いで乗り切るしかねぇな!)
「夏実!俺、急いでっから!!」
そう言い残して、眞冬は猛スピードで走り去ろうとする。しかし……それは失敗に終わった。
「待ちなさい!」
夏実に、思いっきり腕を掴まれたのだ。
「待ってよ…………お願いだから」
彼女の声は、明らかに震えていた。
恐る恐る見た彼女の顔は、やはり、今にも泣き出しそうだった。
「危険な仕事、なんでしょ?私、嫌だよ。眞冬まで、春花みたいに、死んじゃったら…………」
「夏実……、き、危険な仕事なんて、俺は一言も…………」
「分かるよ。言わなくても、分かる。眞冬が作り笑いをしてる時は、いつも辛いのを誤魔化してる時。私や千秋に、心配かけないように気を遣ってる時」
(……はは。なんだよ、バレてたのかよ)
眞冬は腕を強く掴んで離れない彼女に歩み寄り、空いてる手で彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「あのなぁ、俺だって嫌だよ。千秋とお前を残して死ぬとかさ。縁起でもねぇ」
「っ…………ごめん」
「謝んなくていいよ。俺が言いたいのは、俺はお前ら置いて死なないってこと。……だからさ、俺のこと、信じて待っててくんないか?」
眞冬の言葉を聞き、夏実は涙を堪えながら彼を見つめた。
「…………絶対だよ。約束、だからね?」
「ああ。……帰ってきたら、夏実に1番に顔見せるわ!じゃあ、な」
「……うん」
夏実がゆっくり腕を離す。それが何故だか寂しくて、眞冬はつい苦笑いしてしまう。
(なんだよ、俺。こんな時にまで、好きな人のことで頭いっぱいなのかよ。たく……気楽なもんだな。……死ねないな。こんな気持ち、抱えたまま死んだら、成仏できねぇ。)
「……っし、気合い入れて行ってくるわ!」
眞冬は夏実にニカッと笑って、朝丘病院の方へ走り出した。
* * *
朝丘病院の前までやって来た眞冬は、正面からではなく裏口から潜入を試みる。予想していた通り、鍵はかかっていたが……それをピッキングでこじ開けて、中に入った。
犯罪捜査の協力で、眞冬は何度も潜入は経験してきた。しかし、今回は規模が違う。気を引き締めていかないと、ただでは済まないだろう。
開けたドアを静かに閉めて、眞冬は建物の中に入った。しばらく廊下が続いて、その先にあるのは大きなエントランス。
エントランスの両サイドには大きな階段があり、下から見たところ、上にあるのが病室。エントランスを奥に行くと、診察室があるようだ。写真を撮っておきたいが、シャッター音で敵に勘づかれる恐れもある。眞冬は音が出ないように、ムービーで撮影することにした。
スマホで室内の様子を撮影しながら、眞冬は静かに奥に進む。今のところ、敵らしい敵は見かけてない。
(……まぁ、まだエントランスだしな。奥の部屋に行けば、相手がどんなヤツか知れるかもしれない。まずは1階をくまなく探すか)
そう思い、エントランスの奥の廊下に進もうとした、その時。
「ダッソウシャ!ツカマエロ!!」
上の階から無機質な声が聞こえてきたのだ。その声を聞き、眞冬は咄嗟にエントランスの受付のテーブル下に隠れた。スマホだけ外に出し、様子を撮影していると……水色のシャツワンピースを着た少女を、白い制服に身を包んだ色の無い兵士達が大勢で追いかけている光景が映った。
事情は分からないが、彼女が敵を引き付けているうちに中を調査できるかもしれない。そう思った……が。
(困ってる人を見捨てるなんざ、元特部の名が廃る。それだけじゃねぇ。何でも屋で千秋たちと積み重ねてきたことを、全部否定しちまうことになる。そんなこと、絶対にしねぇ!)
眞冬は真っ先に、受付の傍の壁にあった照明のスイッチを落とした。すると、一瞬にして辺りが暗くなる。
「シンニュウシャ……?」
「シンニュウシャ!シンニュウシャ!!」
異常に気づいた兵士達が、受付の方に走ってきた。これで、彼女の追っ手は格段に減っただろう。しかし、安心してる場合ではない。まだ調査し足りなかったが、眞冬も逃げなくてはならない。
(こんなとこで易々と死ぬ訳にはいかねぇんだ!)
眞冬はテーブルの下から出て、それに上がると、近くにいた兵士に飛び膝蹴りをかました。蹴りを顔面に食らって気絶している兵士を起こし、ほかの兵士の銃弾の盾にする。不思議なことに、銃弾を食らっても、その兵士から血は吹き出ず、紙切れのようなものが舞い散るばかりだった。
「シンニュウシャ!!」
「……たく、埒が開かねえっての!」
眞冬は気絶した兵士を正面にいる兵士達に投げ飛ばし、重なり倒れた彼らの脇を猛スピードで駆け抜ける。
(この人数を相手するなんて、無謀だ。逃げるが勝ちだ!)
眞冬は廊下を駆け抜け、乱暴にドアを開けて外に出る。病院から逃げ切られれば、もう追って来ないと思ったのだ。だが……甘かった。
「シンニュウシャ!ハイジョ!!」
先程まで少女を追っていたのであろう、外にいた兵士が、眞冬目掛けて銃弾を放ったのだ。まずいと思った時にはもう遅く、眞冬の左肩にくすんだ赤色が広がっていた。
「ッ…………!」
「シンニュウシャ!!」
前方に、手で作った銃を構えた兵士達が立ちはだかる。病院の中にも、自分を追ってきた兵士達がいる。万事休すか。
……しかし、眞冬には活路が見えていた。
「そう簡単に、諦める訳ねぇだろ……!」
眞冬はポーチから『光弾』を取り出し、勢いよく地面に叩きつけた。これは、『光』のアビリティを応用して作った、敵を撹乱するための爆弾みたいなものだ。地面に叩きつけた衝撃で、『光弾』は激しい光を放ち、兵士達の目を潰す。
「ッ…………!シンニュウシャ?シンニュウシャ??」
「シンニュウシャ??」
兵士達が戸惑っている隙に、眞冬は急いでその場から離れた。
眞冬の肩が酷く痛む。出血が多いのか、彼の視界が霞む。呼吸が上がる。世界が、スローモーションに感じる。
しかし、足止めてはいけない。こんなに人気のない所で倒れたら、死んでも、誰も眞冬に気づいてはくれないだろう。……何より、死にたくなかった。
走って、走って……ついに、夕方に通った桜並木の道に差し掛かった。フワフワとした意識の中、眞冬は必死に走る。しかし、どんなに足を動かしても、ゆっくりとしか進めない。
「はぁっ、はぁ…………」
眞冬が気がつくと、舞い散ったはずの桜の花びらが、彼の周りを踊っていた。もう緑色になっていた桜の木々も、薄紅色の花をつけて風に揺れている。
(なんだよ、これ。俺、いよいよ死んじまったのか?)
眞冬が苦笑いして立ち止まってると、前から、誰かが歩いてきた。撫子色の長い髪。見慣れた特部の黒い制服。優しい桜色の瞳。あれは…………。
「春、花…………?」
眞冬が名前を呼ぶと、彼女は頬を膨らませる。
「はは……なんだよ、その顔。怒ってんのか?」
「怒ってるよ」
春花は眞冬に詰め寄ると、眉間に皺を寄せながら言った。
「まだ、来ちゃダメ。眞冬は、まだこっちに来ちゃダメなの」
「は……?」
眞冬が戸惑ってると、春花は俺の手を引いた。
「だから、帰ろう!大丈夫。私が連れて行ってあげるから」
「連れて行くって……どこに?」
眞冬が尋ねると、春花は眞冬を振り返って、柔らかく微笑む。
「忘れちゃったの?帰ってきたら、1番に顔を見せるって、約束してたんでしょ?」
「1番に…………。ああ、そうだったな」
「思い出した?」
「ああ。バッチリ思い出した」
眞冬が答えると、春花は嬉しそうにニッコリと笑った。
「良かった。じゃあ、ここから先は夏実に任せようかな」
「え……?」
「眞冬、じゃあね。夏実と千秋のこと、よろしくね。次会う時は、おじいちゃんになってから来ること!」
「お、おい、春花……!」
眞冬が戸惑っていると、激しい桜吹雪が彼の視界を阻んだ。驚きのあまり、彼が一瞬、目を閉じると……次に目を開けた時には、眞冬は夏実の花屋の前にいたのだ。
「……マジで、帰ってこれた…………。ッ……痛ってぇ…………」
肩の痛みがぶり返し、痛みに顔を歪めながらも、眞冬は、彼女の家の呼び鈴を押した。
ピンポーンと音が鳴って、すぐ。夏実が、大慌てでドアを開けてくれた。
「眞冬!」
「よぉ。…………えっと、帰ってきたから、1番に顔見せに来たわ。夜遅くにごめんな」
眞冬が普段通りの笑顔を意識してると……夏実は、直ぐに彼の手を引いて外に出た。
「お母さん、車借りる!眞冬、早く乗って」
「え?く、車?どこ行くつもりだよ」
「……特部に行けば、今の時間でも、医務室で治療して貰えるかもしれない。ほら、行こう」
夏実は、車に置いてあった新品の白いタオルで眞冬の傷口を包み、彼の事を強引に車に押し込めた。
特に何か言われる訳でもなく、眞冬を乗せた車が発進する。
(なんて言うか……もっと、喜んでくれると思ってたんだけどな。行く前はあんなに泣きそうだった癖に……)
そう、少し不服に思いながら、眞冬が彼女の横顔をちらりと見ると……今にも涙がこぼれ落ちそうで、思わず声を出してしまった。
「はぁっ!?な、なに、お前……泣いてんの!?」
「だって……だって!!すごく心配してたんだよ!?そしたら肩に大怪我して帰ってくるし……もう私、どうしたらいいのか…………」
(……あー、なるほどな。混乱してたって訳だ。確かに、普段の夏実なら、冷静に救急車でも呼びそうな所だもんな。それを、気が動転して、特部に…………)
彼女がとんでもなく慌てていたことに気がついて、眞冬は笑い声を漏らす。
「……はは」
「ちょっと、何笑ってるのよ?」
「いや……気が動転してたんだなと思ったら、おかしくってよ」
「っ…………人が心配してるって言うのに…………」
「あー、わり。ごめんごめん。まぁ、なんだ。心配してくれて、ありがとな」
「…………もう、こんな心配かけないで」
「おう。善処するわ!」
(春花にも、じいさんになるまで会いに来るなって言われたしな。夏実や千秋のためにも、せいぜい長生きしてやらねぇと)
そんなことを思いつつ、眞冬は特部中央支部に到着するのを待った。
* * *
特部に着くとすぐに、受付の眞冬の事を知っていた職員が、彼を中に通してくれた。眞冬は、そのまま夏実と共に医務室に向かい、怪我を『治療』してもらって、回復反動があるからと、ベッドで休ませてもらうことになった。
横たわる眞冬を、夏実は心配そうに見つめる。怪我も治ったし、後は寝ておけば治る。だから心配しなくてもいいというのに。
「夏実、もう大丈夫だ。だから心配すんな」
「うん……」
「……なんだよ、まだ不安なのか?」
「まだ……少し、落ち着かなくて」
「そっか……」
表情を曇らせたまま俯く夏実に、眞冬が何と言えば良いか迷っていると……医務室の扉が、勢いよく開いた。
「眞冬!!」
千秋が、眞冬を見るなりベッドの傍に駆け寄ってくる。
「大丈夫!?大怪我したって聞いたけど……」
「へーきだよ。ほら、清野さんが治してくれた」
「そっか……清野さん、ありがとうございます」
普段の総隊長モードがすっかり消えてしまっている千秋に、清野もクスリと笑う。
「総隊長。素が出てますよ」
「っ…………!ゴホン。……清野、ありがとう」
「ふふっ……総隊長も来たことだし、私もそろそろ、休息に入りますね。眞冬さん、今晩はここで休んでいって下さい。あ、医務室の備品には触らないでね」
「はーい。ありがとうございます」
眞冬が返事をすると、清野は静かに頷いて医務室から出ていってしまった。
「……眞冬、なんでこんな無茶したんだ」
千秋が、心配そうに顔を歪めて、眞冬に尋ねる。
「そんな怖い顔すんなって。総隊長さん」
緊張を和らげようと、おちゃらけた態度を取る眞冬のことを、夏実も千秋も鋭く睨んだ。
バツが悪くなった眞冬は、先程のふざけた態度を誤魔化すように笑い……千秋の方を見た。
「あー……千秋、お前の力になりたかったんだ」
「僕の、力に……?」
「そ!俺、探偵だし、黒幕を暴くのに適任だろ?でも、お前は俺の事を頼ってくれなかった。それが妙に悔しくてさ……結局、あの後も調査を続けてたんだ」
眞冬はそこまで言うと、棚の上に置かれたウエストポーチから、スマホを取り出して動画を再生した。
「これ、高次元生物が作り出されてる施設の内部だ。訳あって一部しか撮影できなかったけど……」
「ここ、朝丘病院か?」
「おう。…………え?なんで知ってるんだ!?」
眞冬が驚いてると、千秋は落ち着いた様子で答える。
「さっき、朝丘病院から逃げて来た少女が、全部教えてくれた」
「はぁ!?なんだよ、じゃあ俺、別にこの調査しなくてもよかったってことかよ…………」
眞冬がガックリしていると、その動画を見続けていた千秋がボソリと呟く。
「敵が多いな……これは、アビリティ課にも協力を仰いだ方が良さそうだ」
「……!」
(……千秋、お前のその言葉が聞けただけで、頑張った甲斐があったわ。俺は、お前の役に立ちたかった。でも、それ以上に…………お前に、無茶して欲しくなかったんだ。昔、探偵として初めて、特部と協力した時、琴森さんが教えてくれた。お前が、1人になってから、ずーっと無茶してたって。そんな思い、もうさせたくなかったんだ。1人で抱えんな。周りを頼れ。使えるものは全部使え。俺でもいい。俺は、お前のためなら……大事な親友のためなら、命張ったっていいんだ)
「……眞冬」
「なんだよ」
「ありがとう。眞冬の動画、次の作戦の参考になりそうだ」
千秋が真剣な表情でそう言うのを見て、眞冬は満足気に微笑んだ。
「そりゃ、良かったよ。なぁ、俺だって、結構役に立つだろ?これからは……もっと、頼ってくれよ」
眞冬がそう言うと……千秋は、少し困り顔で微笑んだ。
「おい、なんで困った顔になってんだよ。納得できねー……」
「ああ、ごめん。…………僕は、僕のせいで、仲間が命を落とすのが怖いんだ。8年前の、春花みたいに」
「千秋……」
「だから……総隊長として、手の届く範囲の仲間は全員守る。絶対に。何があっても死なせはしない。そう、思ってる。でも……眞冬。それから、夏実も。僕は今、2人の傍にはいないだろう?だから……巻き込まないようにすることでしか、2人を守る術がないんだ…………」
千秋の言葉は重い。大事な人を亡くした、痛みの分かる人の言葉だ。だが……それは、眞冬と夏実だって同じだ。
「お前がその気持ちなら、俺と夏実だって同じだ。お前を守りたい。そう思ってる。だから……巻き込み上等だ。な、夏実?」
「うん。……千秋、もう1人で抱え込まないで。私、あなたに比べたら弱いけど……あなたを独りにはさせたくない。そのためなら……大事な友達のためなら、私、頑張るよ」
「眞冬、夏実…………。……そっか」
千秋は静かに目を伏せて……右薬指につけた、桜の指輪をなぞった。まるで、今はいない大切な人を、思い出すかのように。
「……うん。ありがとう、2人とも。その気持ちだけで……僕は頑張れる」
千秋はそう言って立ち上がると、医務室から出ていこうとする。
「千秋……!俺らの気持ち、ちゃんと受け取ってくれたんだよな?」
眞冬が咄嗟に声をかけると、千秋は振り返らずに、静かに頷いた。
「受け取ってる。……ありがとう」
そう小さな声で言うと、千秋は部屋を出ていってしまった。
千秋の言葉を聞き……彼が、自分の気持ちを受け取ってくれたのが分かって安心したからか、眞冬に、急激に眠気が襲ってくる。
「……ごめん、夏実。俺、ちょっと休むわ」
「うん。……眞冬」
「ん……?」
「……ありがとう。帰ってきてくれて」
「ああ……こちらこそ、だよ」
眞冬は彼女に優しく微笑み、静かに目を閉じた。
……彼が眠りにつく、ほんの一瞬前。瞼の裏に、ぼんやりと……桜の花びらが舞うのが見えた気がした。
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