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ただのパティシエがNHK連続テレビ小説に出た時の話


横浜と石川県が繋がった


2015年。
その年のNHK連続テレビ小説は「まれ」。

家族と夜逃げ同然で石川県に移り住んだ土屋太鳳さん演じる「まれ」が、
大泉洋さん演じる自由奔放な父を反面教師に石川県の輪島市役所を就職先に選んでいたが、
自分の夢だったパティシエへの思いを取り戻し、
横浜のフランス菓子店で修業し才能を開花させるストーリー。
石川を舞台にした「石川編」と横浜を舞台にした「横浜編」がありました。

僕の師匠、石川県出身の辻口博啓シェフがケーキ監修を担当していました。

冴えないただのパティシエだった僕は師匠が監修していることもあって、律儀にちゃんと観ていました。


丁度、まれの「横浜編」を放映していた時期に開催された神奈川洋菓子協会のコンクール、会場は横浜でした。
その年はこのNHK連続テレビ小説「まれ」が放映中だった事もあり、
石川県輪島の塩を使うことがルールとなっていました。

当時、在籍していた会社が神奈川所在だったこともあり僕も出品しました。

そこでまさかの事態に。
その年の神奈川県洋菓子協会のコンクールで、
冴えないただのパティシエの僕が、
「神奈川県知事賞」&「日本洋菓子協会連合会会長賞」。
様々な部門がある中、総合優勝に。

(この話にも嘘のような、ありえないのエピソードがあり、またこのnoteで、、)

辻口シェフにも「運命を感じる」とまで言って称えていただきました。
(ありがとうございます。)


連続テレビ小説内で行われたコンクール


物語が進んでいく中で、まれや、まれの修行先、
横浜の「マ・シェリ・シュ・シュ」オーナーパティシエ、
小日向文世さん演じる大悟も出場する国内最大級のコンクールシーンの撮影の話が出てきました。


先の大会の優勝もあって、
そこに出場するパティシエ役として白羽の矢が立ったという事です。

現在進行形で観ているドラマに自分が映り込むのは、違和感がありましたが面白そう、、と内心。


そして、
本番さながら、作品を制作するとのこと。
内容は、生菓子、焼き菓子、そして小型の飴細工でした。



大問題発生


大問題発生です。
生菓子、焼き菓子は良いとして、飴細工は経験ゼロだったのです。

しかも、撮影は2週間後。

飴細工経験者は周りにいません。
飴細工に使用する「飴ランプ」という道具すら持ち合わせていません。

飴細工はパティシエの技術としても難易度の高いものとされています。
未経験者が2週間後に撮影用の作品を持ち込まないといけない事態となってしまいました。

当時の会社の統括責任者であった池田シェフに飴の炊き方を教えてもらい、後は本を購入し急いで独学で勉強しました。

仕事が終わったら、独りで練習する徹夜漬けの日々が始まりました。

勉強した本


プロ意識

当時、パティシエとして商品の開発案件やコンクールなどを通して「プロ」という事を強く意識し始めた時期でもありました。

何故なら、それまでの自分の「プロ意識」の無さを自覚した時期でもあったからです。

プロに妥協は許されず、
「未経験者」なので、、などという言い訳も許されるはずがありません。

逆にどんなに技術があっても、それが求められるアウトプットでなければそれもプロとは言えません。

未経験者の自分が2週間後に撮影される作品を、
プロとして作る上でまず考えたことは、
「映像になるにあたってどんなモチーフが適切か」といった事です。


まれが挑戦する国内最大級のコンクールのパティシエが作っている飴細工、映像を想像しました。
作品が映ったとしても数秒の世界です。

ほんの一瞬で目に残る形状、色合い、、
そんなキャッチーな花。


たどり着いたのは「ひまわり」でした。

ひまわりの大胆な形状と黄色は画面に映り込んだ際にアクセントになると考えました。
生菓子も、チョコレートなどの地味な色合いではなく、鮮やかな赤色が映えるものを選択しました。


実際の作品



いざ撮影

何とか徹夜で作品を完成させ、渋谷のNHK放送センターに早朝運び込みました。

撮影するコンクール会場のセットがすでに組まれており、
美術さん始めスタッフさん達が慌ただしく準備をしていました。

ちゃんと台本に役名まで記載されており、僕の役名はパティシエの「伊達」(笑)。

出演者さん達にも挨拶を済ませ、9時頃いざ撮影開始。


しかし、そこで想像を絶する光景を目の当たりにすることになりました。



想像を凌駕するプロ意識


15分のNHK朝の連続テレビ小説です。
15分です。
1カット数秒の世界です。

1カットの1テイク目。


ほうほう、良いんじゃない?

「もう一回いきまーす!」
ほうほう。
「はい、もう一回いきまーす!」
まだ同じカット撮るんだ。
「もう一回行きまーす!」
え、まだ?
「はい、もう一回いきまーす!」
噓でしょ?
「はい、もう一回いきまーす!」
恐怖!
「はい、もう一回いきまーす!」
泣。

たった数秒の1カットを徹底的に繰り返し撮影し突き詰めます。


右手前が自分
その後ろが土屋太鳳さん
さらにその後ろがまれの師匠役、小日向文世さん



お昼ごはんは、NHKの食堂で優しい小日向文世さんがフランクにご一緒してくれました。
楽しい時間も束の間、撮影はストイックにずっと続きます。


そして、審査発表のシーンの撮影へ。
審査委員長役は辻口シェフです。


椅子が並べられ、選手役が座ります。
僕の隣の椅子が土屋太鳳さん。

情けないことに、重なる徹夜からか、椅子に座った瞬間とんでもない眠気が襲ってきました。
撮影は進みますが意識もうろうです。


優勝者の発表シーン、
多くの視聴者が優勝は主役のまれだと思っているはずです。


しかし、優勝は師匠の大悟が選ばれるストーリー。
小日向文世さん演じる大悟が前に出て賞状を受け取ります。

この間、土屋太鳳さんにセリフは一切ありません。
現場で仮の映像を観た時に衝撃が走りました。

全くセリフの無い隣の椅子に座っていた土屋太鳳さんが、
ガッツリ表情だけで演技していました。


当たり前の事かもしれませんが、同じように椅子に座っていた中での演技に、「プロ意識」をまざまざと見せつけられた気がしました。

バックヤードでは無邪気な少年といった印象だった山﨑賢人さんも一度演技になった瞬間、完全に別人に。
「ああ、こんなに凄いんだ。」
と素直に想いました。


撮影が終わったのは終電の無い時間でタクシーチケットが配られました。
たった15分のドラマに対して、徹底的に突き詰め、
朝から深夜まで撮り続ける、
関わる人たちのプロ意識に感服でした。


他の業界の圧倒的な「プロ意識」を目の当たりにしたこの経験が一つの良いターニングポイントになっています。









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