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蟻とガウディのアパート 第二話(序章)

「乗り換え」1/4

 乗り慣れた列車の中で、その節目はやってきた。

 車掌は車両を隔てる扉を開けて現れると、私の座席の横で足を止めて口を開いた。
「おおつかさんですね?」
私はうなずいた。
「乗り換えです。降りてくださいね。」 
「え?」

 私は、車掌の言葉をひとつずつ頭の中に並べ、何度も読み返した。 
心当たりはない。 人違いだろう。
「私、生まれたときからこの列車に乗っています。切符もあります。」
そう訴えると、車掌は無表情に黙った。

 私は、くり抜かれた黒い穴のような車掌の瞳をのぞき込んだ。 
二つの穴は彼の頭蓋の中でひとつのトンネルにつながり、
ふいに私を吸い込んだ。
黒く温かい空気の中を抜けると、広大な闇の中に出た。
(ここ、前にも来たことある・・)

 記憶を辿ろうとする私に気づいたのか、駅員が窓の外でけたたましく笛を吹いている。
「乗り換えです。」
私はしかたなく荷物をかき集め、52年間座り続けた席を立ち、プラットフォームに降りた。

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