「酔」
6月新月の晩。小さな宴に酔いしれました。話しては酔い笑っては酔い。何よりお酒に酔いしれました。月が姿を隠した静かな夜空の下で。無限の底を持った壺をひっくり返したように。話しの種があふれ出し笑いの花が咲き乱れれた新月の宴。
肉じゃがをメインに飾り気のないお皿をいくつか並べてみると。季節感が足りないかもと。初物の葡萄の紫と苺の赤を置いてみたら。うん、龍に目が入ったぞ。「画龍点睛」の出来栄えと自画自賛。
肉じゃがのじゃがは男爵と決めてカゴに入れたつもりが。どうした弾みか「インカのめざめ」を買ってきてしまった。男爵がよかったのにな。へのへのもへじのような顔をした私を見上げる「インカのめざめ」。待てよ、新月にめざめる。ってなかなかに佳き響きを感じる。よし。「インカのめざめ」で問題なし。
肉じゃがのお供に用意したのは。宮城産の日本酒、大和蔵です。たっぷりと冷やすとスッキリとした軽さが引き立つお酒です。料理の邪魔も話しの邪魔もすることのない竹を割ったようなところが私のお気に入りの所以です。
酔いが宴を包むころ。テーブル脇に飾ったユリの蕾がわずかに開きかけて。細い隙間から花芯がそっとこちらを見ています。花時計が時の経過を告げています。花びらが輪を描く頃に日付が変わるかな。それにしてもユリの匂いは私たちの宴とは違う場所にあるように。なにとも混じりあうことのない匂いを放っています。ちょっと酔いが覚めたかもしれない。
ユリには神秘的な思い出があります。数年前、玄関に3本のユリを飾った時の事です。3本もあると蕾もたくさんあります。下から順番に蕾が開きながら満開になる瞬間を楽しみに毎日話しかけていました。暑い時期だったからこまめに茎の裾を洗って水をかえて。氷もコロンコロンと浮かべて。
けれど、なかなか蕾が開くことがなく。買う時から咲いていたユリが萎れそうになっても期待していたたくさんの蕾は黙ったまま開く予感さえしませんでした。
「やっちゃん、この子たちちっとも咲きそうにないの。どうしたんだろう」
「そのうち咲くさ」
「毎日、話しかけているのに」
「そりゃ、うるさいんじゃないの」
「・・・・・。」
会社に出掛けるやっちゃんの背中を見送りながら。いつも、うるさいって思っているんだな。こんにゃろめ。思わぬとこで本心みたりの心境です。
ある朝、嗅覚の刺激で鼻をクンクンさせながら目覚めました。人ってリアルに鼻をうさぎのように動かすなんてこの時まで知らなかった!これは、もしや開花の知らせではないか。思うより先に玄関へ向かっていました。あろうことか蕾はいきなりほぼ全部が開いて朝陽を浴びていました。ユリの生態に詳しい方には信じてはもらえなさそうな光景でした。むせ返るような匂いってこんな時に使はないでいつ使うの。
黙ったままの蕾が一斉開花したこの朝。叔父が亡くなった知らせが届きました。
ことばを掛けた蕾たちは。敏くも人の死を予見したかのように。一斉に花を咲かせ私と一緒に叔父を送ってくれたのだと信じています。植物にはみな。先を見通して時間を行き来する意識があるのかも知れない。
天国には季節を問わず。あらゆる種類の花々が咲いている花畑があると聞きます。それは植物が時間を超えた神聖な力を宿しているからできることなんだと思います。
そうそう、宴はユリが八分ほど開きかけた頃にお開きになりました。
友に酔い、花に酔い、お酒に酔い。
酔いしれた夜でした。
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