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地球人よ、それでいいのか?

『理科年表』には地球のあらゆる情報が詰まっていた。これさえあればマーズアタックだって夢じゃないぜ、と俺たちは話し合った。

・・・目が覚めた。ひどい夢だった。

どうして地球に移住する必要があるというのだろう?あんなに有毒な酸素だらけの重たい惑星に、わざわざ行きたがるなんて!

まあ、たかが夢の話だ。昨日、変装して行った図書館の貸し出し禁止コーナーで見つけた『理科年表』のことが、ずっと頭から離れなかったのは確かだ。地球人はあまりにも愚かすぎる。この本に書かれていることは、ぜんぶ惑星の機密情報に匹敵していた。それを一般書店で堂々と売り出して、挙句の果てには火星の図書館にまで置いてしまうなんて、尋常なことではない。

『理科年表』を見せびらかす地球人って、脇が甘すぎやしないか?

俺たちの間で広まっている、そんな噂は本当だった。

もちろん、地球に攻め入っても仕方がない。地球人が金星に移住したがらないのと同じ理由だと思う。条件が違い過ぎて、とてもじゃないが、住めやしない。重力も大気組成も、ことごとく異なるからだ。

あんな場所じゃ、宇宙服を脱いだ途端、一瞬でスルメになっちまう。

それはまあいい。図書館の様子を偵察できただけでも、それは大きな収穫だった。同時に、大きな疑問にぶち当たったのも確かだった。

『理科年表』は確かに膨大なデータの集積物だ。だが、図書館にはそれ以上に数億倍もの書籍が収められていた。ざっと目録を見ただけでも、その冊数に目がくらんだ。100万回生死を繰り返して、やっと読み切れるかどうかの情報量だった。

どうして地球人はむやみやたらと情報を漏らしたがるのだろう?

抱いた疑問はまさにそれだった。

だから、俺は図書館のカウンターに座っているスタッフに問いただしてみた。この場所でなら、なんでも調べられるのかって。できるだけ困っているふうな演技をしながら。

そしたら、彼女は眼鏡の位置を直しながら、俺を見て「ふふふ」と笑った。俺はいきなり「ふふふ」と笑われたことがなかったので、これが地球の礼儀なのかと思い、俺も「ふふふ」と笑い返した。すると彼女は、なんだこいつ、という表情を一瞬だけ見せた。地球人の礼儀はまだよくわからない。

彼女の答えはこうだった。賭け事や健康に関する相談、個人情報、テストの答えでなければ、調べるツールを教えてあげるわ、わからないことはなんでも聞いてね、うふ、と満面の笑顔で言われた。資料の情報と図書館利用者とを迅速につなげるのが仕事なのよ、とも自慢していた。俺は呆気にとられるしかなかった。

それでいいのか?

地球人はマーズアタックなんて怖くないのだろうか?そんなことは百に一つもあり得ないと信じているのだろうか?

こっそり見ていた機密情報満載の『理科年表』を戻す場所がわからなかったので、彼女に恐る恐る聞いてみた。ご心配なく、こちらで棚に戻しておきます、とやはり満面の笑みで言われた。わざわざすみませんね、ありがとうございます、とお礼まで言われる始末だった。

それでいいのか?

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