「火星天国」調査ファイル
「火星天国」って店ですか?知ってますよ。一度だけですけど行ったことあります。てゆーか、どうしてそんなこと質問されちゃうんですか?調査してるって、あたしたちの個人情報ばらさないでよね。
あの店は、昔風にゆーと、ただのツンデレ系の喫茶店でしたよ。夏目漱石も島田雅彦もそうゆーの好きじゃなかったでしたっけ?え、ぜんぜん違うの?ごめんね、好きな作家だと自分の好みを重ね合わせちゃうんだ。
あたしたち文豪のおじさんやおばさんが割と好きだからあ、文豪遺跡を巡って回ったり、文豪スタイルを真似たりするんですよ。太宰の好きな趣味とか、プルーストゆかりのレシピとか、川端康成の恋愛観とか。若手の作家ですか?だめだめ、酸いも甘いもわかっちゃいないって。
作家が若すぎると、つい騙されちゃいますよ。若い人はみんな仮面かぶってるんだから。
そんで、あたしたちいろいろ情報漁っててさ。なんでだか「火星天国」にたどり着いたってわけ。でも、誰の小説がヒントだったか覚えてないんだよね。ねえ、ユカリ(注:隣の友人)覚えてる?無理?
あきらめて。そーゆーこと。
店に入ると「なんでいきなり来るわけえ?」ってメイドが絡んでくるの。あったま来るじゃない。「いらっしゃいませ」じゃないの。だから、さっさとキビス返して出て行こうとしたの。そしたら「待って」って急に媚びてきた。演技で媚びられてるってわかってても、やっぱり嬉しさが勝っちゃうものね。あたしたち、元からあったま悪い。
店内のメイドの様子ですかあ?バイトだって自分で言ってたわ。その衣装かわいくて似合うねって褒めてあげたの。そしたら「これバイトの衣装なの」ってつまらなそうに答えてた。現実の中の仮想空間に、仕事空間を得ていても、それほど満たされていないみたい。
顔立ちは百恵ちゃんそっくり。そう、昔の歌の「待って待って!」、じゃなかった「ちょっと待って!」の百恵ちゃん。
たくさんいましたよ、バイトの子たち。みんなそろって百恵ちゃんそっくりだった。みんなどうして同じ顔立ちしてるんだろうと思ったけど、突っ込みどころはマスターのいで立ちの異様さだった。
深海潜る時にかぶるみたいな、どでかいヘルメットかぶって、メットの中に小さなグッピーみたいなお魚が泳いでた。そんで、中を覗き込んでも顔が見えなくて、どうなってるんだろうとずうっと見ていたら、また嫌味な百恵ちゃんメイドが近づいて来て、「あたしたちのことなんか眼中にないんですね」と絡んでくる。
「ふん」ってマンガみたいに口で言ってやったら、「ごめんなさあい」ってアイスメロンソーダをサービスしてくれた。
どっちがお客なんだかわからなかったわ。
ほかのお客さんですか?そんなにいなかったですよ。あたしたちだってそれきり行ってないし、リピするほど天国気分にはなれなかったし。
聞き取りは、もうこのくらいでいいですか?あたしたちこれから授業出なきゃいけないんで。一応、大学生なんですから。
そうそう、帰りに百恵ちゃんメイドたちが一斉にサヨナラしてくれたわ。みんな手を振ってね。よっぽど暇なのね。
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