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火星が降ってくる

21XX年2月1日      〇

「第二の火星」を見ました、という噂が、最近、巷で飛び交っています。この火星ではない、もうひとつの火星は、空の比較的近くに見えるというものです。その見た目の大きさは、地球から月を観測するのとほぼ同じ。

火星中央省科学班は、まだその事実確認をしている最中、と言っています。現時点では、あくまで火星市民たちの口コミといったところ。

でも、実は、私も「第二の火星」を見たことがあるんです。あくまで個人的な目撃談として、お聞きください。

おとついの晩、スタジオまで歩いていたら、「あれ?月が出ているな」という感覚が一瞬走ったんですよね。昔、私が地球で子どもだった頃、空にのぼるお月さんはお馴染みの存在でした。もし、本当に月だったら、思い出にひたれたんでしょうけど、すぐに青ざめてしまったんですね。私の目に映るのは、色合いや模様からして月とは別物の、見るからに火星だったんです。

あれが噂の「第二の火星」なんだ、と誰かに教えたくなって、携帯電話を取り出そうとしました。その瞬間、ふっと跡形もなくいつも通りの星空に戻ったのです。まるで何事もなかったかのように。正直、私は戸惑いました。今のは幻だったの?それとも数千台のドローンを使った悪戯なの?疑心暗鬼の塊になっていました。

でも、専門家によれば、写真や映像なら誤魔化すことのできるフェイクでも、生きた目を完璧に誤魔化すフェイクは大変難しいと言われています。私が見た第二の火星は、決してドローンの編隊なんかじゃなくて、ヌルっとした正真正銘の赤い火星でした。

写真でお見せできないのがとても残念なのですが、ネット上ではいくつもアップされていますね。私が見た「第二の火星」は欠けていないまん丸でした。

昔の仮想現実を描いた映画にいわせれば「この世界がバグっている、すぐそこに敵がいる、気をつけろ!」って展開になりそうな感じですね。

さいわい、壁をぶち破って攻めてくる敵は現れませんでしたが。

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21XX年3月15日     〇

先ほどのニュース速報でもお伝えしましたが、中央省科学班の公式見解として、「第二の火星」は確かに存在すると言及があり、世界中を騒然とさせています。

科学班はあくまで理解しがたい現実と前置きのうえで、火星のすぐ近くを周回する火星そっくりの火星が存在すると発表しました。驚きですね。

私が以前、お話しした火星も、妄想ではなかったようです。また、「第二の火星」は常時存在するわけではなくて、現れては姿をくらますという、理解に苦しむ存在だという指摘がありました。だから、私が見た時にもすぐ消えていたんですね。

なぜ、見えたり、見えなくなったりするのか、その点に科学班は重大な関心を寄せているようです。

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21XX年3月20日    〇

中央省科学班の見解とは別に、思想班の各省庁からも、それぞれの立場からのコメントが出されています。

「第二の火星」は火星市民の驕りの結晶化だとする省庁、また惑星ドッペルゲンガーだと唱える省庁、さらに悪魔の見せる第三の誘惑だと説いている省庁もあったり、さまざまです。

この混乱がこれ以上激化しないよう、火星各コミューンは一致して情報収集に徹する構えです。

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21XX年4月1日   〇

今日、スタジオに入る前に空を見上げると、まるで私たちが宇宙ステーションに乗って火星の周回軌道を回っている、そんな気がしました。皆さんはご覧になりましたか?

これまでの「第二の火星」と違って、空の四分の一を占めるまで近づいた火星の姿。落ちてきそうな恐怖よりも、その美しさに魅入ってしまい、近所では望遠鏡で観測したり、家族そろって仰向けに寝そべって「きれいねえ」と眺めている姿も見かけました。

科学班の調査では、「第二の火星」からの重力が、一切検出されなかった模様。その姿は視覚的に見えるだけらしいので、衝突という事態は免れるとの見解です。どうやら、ミルフィーユ状態になっている異なる層の現実が見えている、ということですが、実際にどういったプロセスになっているのかの解明は、今後の調査を待つしかなさそうです。

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21XX年4月15日 〇

「第二の火星」から、光を用いた信号が届いている、と速報が入りました。モールス信号を基礎にした解読可能な信号とのこと。

その信号は警告的な一文で、「お互いが見えている時は、見ざる、言わざる、聞かざる」の繰り返しだそうです。その真意は推測の域を出ていません。

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21XX年5月1日〇

謎の通信について、私たちのラジオの運用面で気づいたことが出てきました。それはラジオ放送が二重に聞こえる現象と、そこから明らかになってきたことです。

二つの電波は微妙に周波数がずれていて、両方とも同じく「ようこそ火星へ」のラジオ放送が流れています。今、皆さんに語りかけているこの放送は、周波数の低い方の電波です。周波数の高い方の電波は、「第二の火星」から届く電波です。

困ったことに、話している内容は、まったく異なっています。そこに住むもう一人の私の、身に覚えのないトークを聞くのは、正直ハラハラしますね。とても気持ちのいいものではありません。読み間違えたり、活舌が悪かったり、耳を塞いでしまいたくなるものです。

火星天文台による観察では、住民たちの生活が確認されていますが、ここと異なる時系列での人の生死が展開しているらしく、その詳細を知ることは好ましくないと警告しています。

パラレル・プラネットとも呼ばれる「第二の火星」が、美しくありながらも、招かれざる客であることも、また事実のようです。

降ってくるようにみえる火星に、皆さんは何をお感じになりますか?火星同士が接したとしても、異なる空間層のためにお互いの姿がすり抜けるだけだということですので、落ち着いての行動を心掛けるようにしましょう。

今日もよい一日をお過ごしください。夜の部のパーソナリティはハヅキでした。それでは、ごきげんよう。



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