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星を信じる者たち

「君が信じるなら」という声が砂漠の風に混じって聞こえた。「君が本当にこの星を信じるのなら、君たちに譲ってあげて構わない」

エディは我を疑った。誰もいない砂漠に響く声を、真に受けたりしないのが彼女だった。

「見まわしてごらん」と声は続いた。「君の目に映るのは錆を含んだ砂でしかない。触ると脆くて、鉱物的で、有機物はわずかしか残っていない」

試しにエディはしゃがんで両手で砂をすくってみた。まるで砂時計の砂のように、すべてが下に流れてゆく。

「億年単位の時間は容赦なく過ぎて、かつての生活の痕跡すら分解されてしまった。それがこの星の現実なんだ」と声は風量に応じて濃淡を伴って届いていた。

「星の所有権なんて、あり得ないわ」とエディは言った。

「本当にそう思うのかい?」その声にエディは思い当たるものがあった。ずっと小さい頃の、幼稚園の先生の声に似ていた。

*

「どうして私に問い掛けるの?」とエディは問い返した。「あなたはたぶん火星人よ」と言ってしまうと、彼女は覚悟を決めた。私は今、個人ではない。集団の代表として向かい合うべき存在なのだという、個人との決別を自身に言い聞かせた。

「そのとおり」とあっさりした答えが返ってきた。「言語的や音声的な要素は、君の脳裏の古い記憶から導き出している」

「そして、君にこうして交渉を持ち掛けたのは、誰でもいいということではなく、むしろその正反対なんだ」

エディには見えた。それまで砂漠だった場所に、これまで見たこともない都市が広がる大地を。たくさんのきらめくもの、たくさんの尖塔のような建造物、たくさんの移動する車体のようなもの、すべて見たことのないものばかりだった。

ただ、声の主の姿はどこにも見当たらなかった。どこにも火星人らしい人影はなかった。

「ここがあなたたちの世界なのね」とエディはわかりきったことを確認するように言った。

「今となっては懐かしい世界なんだ」と火星人は希望に満ちた声で言った。

*

「私たちはこの星が欲しいわ」とエディは、はっきり言った。「ここで何を得るのかよりも、ここで失うもののほうが多いと思うの。私たちの歴史を振り返れば、いつも失っていた。だから、だからこそ私たちは火星に来たのだと思うの。失った分だけ、次のステップに踏み込んでいくという、その希望のために」

「わかった」と砂漠からの声がエディを認めた。「君という遺伝子はすべての君たちの遺伝子につながっている。そうなんだ。元来、遺伝子とはそういうものなんだ。だから、僕たちは君にこの星を譲ることを約束して、そして、君は特に誰にこのことを伝えなくたっていい。この星はそういう流れになってゆく」

今度はエディが「わかった」という番だった。

熱く乾いた風が静かに吹き、彼女を勇気づけた。


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