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星占い師カバコフ

火星の星占い師のカバコフは、ある不吉な夢を見た。
たくさんの喉ちんこ状の物体の垂れ下がる部屋で、
彼は太古の大切な書物を引き裂いていた。
カバコフの夢の記憶はそれだけだった。
その前になにがあったのか、忘れてしまった。
なにもなかったのかもしれないけれど。
さて、とカバコフは呟いた。
わたしは長年、星と語り合ってきた。
だが、もう星はわたしを必要としなくなったらしい。
なぜなら、ずたずたにしたあの書物は、
確かに星図だったのだから。
星占い師のカバコフは小さな店をたたみ、
知り合いの工房のところへ、新しい仕事を探しに出かけた。

困ったことになりやがった。
靴職人のレオポルドは鉄槌を振り振り呟いた。
なんだって星占い師の爺さんが、俺の見習いに来るんだ?
そういや、とレオポルドは妻の耳元で囁いた。
昨日の夢に死んだおふくろが現われて、こう言うんだ。
「この甲斐性なしのろくでなしが!」って。
数年ぶりの夢枕に現われていきなりなんだよ、と言い返したら、
「お前の作る靴では火星は滅んでしまう。
その季節になれば大地から水が溢れ出し、どこもかしこも海と化す。
靴という靴が、タコやイカに食い尽くされてしまうじゃろう。
このタコが!」と言って消えちまった。
おふくろにタコ呼ばわりされたんじゃ、参ったね。
おや、カバコフ爺さんはもう靴を作っちまったのかい。
この店を乗っ取るつもりなのかい?

元星占い師のカバコフは、靴の中に宇宙を見た。
深い暗黒のなかに無数の星のまたたく靴だった。
天空の星はカバコフから去ったのに、
大地の底から星は泉のようにこんこんと湧き出した。
その日から彼は靴を履かないようになった。
周囲からは「裸足のカバコフ」とからかわれた。
「靴を履かない靴職人が、この世の中にいるものか」と。
だが、カバコフは知っていた。
わたしは靴を作り続けることで、
星とつながることができるのだということを。
だから、カバコフは必死に靴作りに夢中になった。
やがて、隣町から注文が殺到するほど、
「裸足のカバコフ」の靴は有名になった。
師匠のレオポルドだって鼻高だ。

裸足のカバコフさんの靴を履きゃ、
大地もゆらぐ心地よさ。
どんな獣もたまげてしまう足音に、
火星はぐらぐら揺れちまう。
大地を狙う哀しみも、
これ履きゃ当分出てこれぬ。

どんどどんどどん
どんどどんどどん

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