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近い未来が見えない
「あいつらは、あと一時間で来ますよ」という声がする。僕よりずっと奥の暗闇に隠れている、知らない誰かの声だった。
「どうして彼らのスケジュールを知っているんだ?」と僕は尋ねた。暗闇から返答はなかった。その代わりにガリガリとなにかを引っ掻く音が響いた。
洞窟から見上げる空は、穏やかに澄み渡っていた。今日は砂も舞っていない。これだけ視界がよければ、近づいてくるというあいつらの気配を発見できるはずだ。
「きっと来ないさ」と僕は、その知らない誰かを説き伏せるように言った。
*
一陣の風が吹いた。全身を包み込んだ風は、それまでの熱気に満ちた風と打ってかわって、ひんやりと冷たい。雲ひとつない日にしてはめずらしい。
僕は一冊の詩集に没頭した。そうして、あいつらのことは頭から追い払った。どのみちそんな未来は来ないんだ。
近ごろのみんなは、やや落ち着きがない。誰にだって先のことを見抜く力が備わっているから、これから起きることを知らないなんて言わない。未来は今と同じようにそこにある。でも今回だけは、みんなの言っていることが、僕には見えていない。なにが見えなくなっているのかすら、想像できない。こんなことは生まれて初めてだ。
「ほら、この冷たい風が吹くようになる頃、金属の管が響きだすはずだ」と洞窟の奥の誰かが言った。
そんなわけはない、と僕が笑いかけた瞬間、空からトゥオオッという金属の硬めの共鳴音が響いた。とても不快で不吉な音だった。
「すまない。疑って悪かったよ」と僕は観念した。「僕には今起きていることが信じられないんだ。ところで、あいつらはここまではるばる渡って来て、何をしようっていうんだい?」
「そのことも君は見えていないというんだね?これから起こることも。具合でも悪いのかい?」と僕のことを気にかけてから、彼は静かに説明をはじめた。
*
「君だったら『ピクニック』と『家出』が根本的に違うって、わかるよね?ピクニックは、終わると帰る家がちゃんとある。でも、『家出』だと、もう昔の場所に戻ることはない。そうだろ?
「あいつらの旅の名目は、確かにピクニックになっているんだ。『楽しい夢と希望にあふれた惑星間旅行にようこそ!』なんて大きく書かれていてさ、笑顔を振りまくイラストがついている。でも、みんなが手にしているのは、ほんとうはどれも片道切符でしかない。できるかぎり、帰りの切符のことを、彼らは考えないようにしている。
「ただ、僕にもどうしてもわからないことがある。わざわざ半年もかけて疑似ピクニックに出かけなくても、あいつらの星で十分楽しく過ごしていられるのにと思うんだ。新しい住環境で暮らすには、空気も食べ物もすべて、一から整えなくちゃならない。
「楽園を夢見てやって来る人たちのはずが、セルフで楽園を建造して運営していかなくちゃならないんだ。それって不条理だし、とても不思議なことだよね。とびきり美味しいと噂のお食事処に行って、自分で調理して食べるみたいなもんだ。
「でも、もうすぐあいつらはここに総勢で押し掛けてくるし、ここを拠点にネットワークを広げるつもりでいる。ピクニックの常識を超えているよね。
「でも、もし最初からその旅を『家出』だと銘打ってしまうと、彼らの意識は違ってくると思う。たぶん、スペースシップにすら乗らないんじゃないかな?」
*
洞窟の奥からの声がやむと、風の吹き込む哀しげな音だけが響いた。さっきの金属音は嘘のように消えていた。
この星に家出してきたあいつらは、満足して暮らし続けるだろうか?そんな一抹の不安が僕の脳裏をよぎった。不安というより、これは確信に満ちた予知かもしれない。
あいつらは常に変わることに価値を見出す。変わらないのなら取り残されるぞと不満をこぼす。結局、彼らはまた、どこか遠くへ家出してしまうだろう。空いっぱいに金属の角笛を響かせて、飛び去ってゆく姿が見える。
僕の未来視野は、現在から百年以上を飛び越して、ずっと先の出来事を追いかけることができた。
「そのとおり。やっといつもの調子が戻ってきたね」と闇の奥から、知らない誰かが僕の心を言い当てた。
まだ、直近未来の視野だけは戻らないままだった。目の前の現実は、まだいつも通りの石ころだらけの荒野が広がっているだけ。
近い未来が見えないからこそ、僕は少しずつワクワクする気持ちを押さえられずにいた。暗闇のなかから心配そうな溜め息がもれるのが聞こえても、僕は洞窟から空を眺めつづけた。
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