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待つ

火星に大砂嵐が過ぎ去って、連日の炎天下が続き、大洪水級の大雨が降って、また晴れ上がったあとに、彼女たちは再び落ち合う約束をしていた。四人全員が揃うまで、アルジャーノン砂漠の近くの広場で、時間を潰す必要があった。日時指定での集合ではなかったから、気長に構えている必要があった。

最初に到着したのはエルだった。

一日目は、エル以外に来る者はなかった。じりじりと照りつける太陽から逃れる場所もなく、彼女は困り果てた。一本の樹も生えていないなんて、と木陰のない土地を呪った。すると、半径五十メートルの円形の果樹園が一瞬で育った。その樹々がつくる影は涼しくて、枝をしならせる豊かな果実は喉を潤した。日が暮れると、エルは諦めてテントを設営して床に就いた。

二日目の太陽の陽気は格別で、折角実った果実も萎れさせる勢いだった。一歩歩くと靴底から熱が伝わってくるほどだった。これでは仲間たちが道を歩いて来れないとエルは考え、大地の砂を呪った。すると、半径一キロの土地の砂という砂が、死の淵の砂と入れ替わった。重く冷たい砂は暑気を中和させ、地球によく似た空気が流れるようになった。残念だったのは、果実が苦い味に変わったことだった。その日も誰も荒合われなかった。日が暮れると、星の光が入り込まないようにテントの入口を固く閉ざした。

三日目、エルは厳しい寒さに震えて目が覚めた。大量の霜が降ったあとの大地が凍りついていたため、歩くとツルツル滑った。樹々はすべて立ち枯れて、地に落ちた果実は石のように凍りついていた。やりすぎたと気づいた彼女は、死を呪った。すると、半径数キロにわたって、数億年前と変わらない楽園の苔地が広がった。彼女の三重らせん遺伝子は喜び、先祖の記憶を呼び起こした。苔は口に含むと蜜のように甘く、肌に添えると老いの衰えを忘れさせた。

全員が揃うまで、あと何日かかるのか、まだはっきりしない。ただ、エルがいち早く駆け着き過ぎただけだった。もし、どこかで誰かが倒れてくたばっていたら、背中をつついて報せてくるだろう。地中の火星アルマジロだって騒ぎ出すだろう。霜一粒だって黙ってはいない。

苔スープを軽く煮込みながら、エルは乾燥サンザシの実をつまんだ。ぼやぼやしていると、資産を失った大富豪と会いそびれてしまう。落ちぶれた彼を救えないこともわかっている。それでも、エルは四人が揃うのをひたすらに待ち、いずれ通りかかる大富豪に道標を示さなければならない。

「虚しい人生だね」とエルは呟いて、苔スープをひと匙飲んだ。大砂嵐の吹き残しが吹いていった。またひと匙すくって飲むと「きらきらして華やかな人生も、まっぴらだね」と呟いた。再び、彼女の三重らせん遺伝子が激しくうごめいていた。

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