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タコスの渡り(Taco Migration)

どうも様子が変だ。僕は中学の期末試験の準備そっちのけで、窓を開けて外の様子を窺った。

とても大きなたくさんの浮遊物体が、空のあちこちを漂っていた。UFOには見えない。視覚的には、すごく生き物っぽい。ヒラヒラした巨大なものがたくさんぶら下がっていて、それらがぬめぬめとテカっている。

見た目は香ばしそうで、美味しそうでもあった。たくさんの野鳥たちが群れをなして、そのヒラヒラを目がけて襲いかかっていた。

彼らは渡りの習性をもつことで有名な、「タコス」と呼ばれる火星生物だった。タコにそっくりだから、そう名付けられたのかその真偽を僕は知らない。ただ、地球でいう「タコス」は軽食という意味だから、鳥から気軽に好まれるタコスたちが気の毒だった。

タコスの生息数は不明で、一説には数十億に及ぶともいわれる。彼らはいわゆる火星人ではない。かつて地球で流行ったタコそっくりの火星人は、この浮遊生物がモデルになっているという。19世紀末に望遠鏡から見えたというんだけれど、なんだか嘘っぽいよね。

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ドオーン。ドオーン。

地上からいくつもの爆音が鳴り響きだした。ブドウ農園から借りてきた鳥除けの爆音機だ。ひっきりなく凄い音がするので、鳥たちはそのたびに混乱して地上の木の陰に隠れた。

命拾いしタコスたちは何事もなかったように、渡りを続けてゆく。とてつもない数が北から南へと移動していた。彼らの影が地上に出来てしまうほど、その群れは壮観なものだった。

毎年の恒例の光景なので、季節の訪れに似たものを感じたりする。

向かいの家のリティ婆さんが、今年もベランダに三脚を持ち出して、タコスの写真を撮り続けていた。リティ婆さんのタコス写真はいつもコンテストでベスト・オブ・タコスとして注目を浴びている。

今晩にも屋台が出始めるだろう。目立って出店する店が、たこ焼き屋とイカ焼き屋だった。冗談がきついよ。そんな浮ついたような特別な時間が、この一週間ほど流れる。

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もちろんタコスたちは、そんな人間たちの好奇心や気遣いや賑わいに対して、一切無関心だった。彼らの渡りの目的は、彼らの種の存続にあった。それは数億年も綿々と続く、彼らの生死をかけた大移動だった。

タコスにとって人間や鳥といった外来種の登場は、相当頭の痛いものに違いない。それでも、タコスたちは毎年秋になると、北半球の比較的高緯度な湿地帯から、赤道直下の渓谷にまで移動して、そこで繁殖したあと、北半球が春になる頃また戻っていく。彼らを取り巻く頭痛の種は、生存競争の闘士の源になっている、と説く生物学者もいる。人間が到着前後のタコスは、もっと無気力で、絶滅寸前にあったのだそうだ。

リティ婆さんがイカの干物をくわえて切るシャッターは、タコスたちを緊張させ、鳥たちの攻撃もタコスたちを刺激した。彼らはみな生死をかけているからこそ、旅がより厳しくなっても、それはそれで意義のあることなのかもしれない。

そんなことをリティ婆さんが教えてくれたことがある。去年、学校の特別講師として、やって来たんだ。

期末試験の日程も、この混乱で延期になるに決まっている。僕は南の窓を開け放して、ぼんやりとタコスたちの後姿を、日が暮れるまで見送った。

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