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ミドリムシ戦争前夜

俺たちは覚えている。はっきりと。

約6600万年前、大きな衝撃で俺たちは、空中高く吹き飛ばされた。

巨大な水と土の塊に乗って、青く丸い星を眺めていた。地球の泡のような美しさとは裏腹に、赤い火炎が円状に凄まじい勢いで海を舐めていくのも見えた。でも、数分も経過すると、俺たちを乗せた土と水の塊は極低温になり、視界は奪われ、意識を失った。

気がついたときには、俺たちはすでに氷から溶け出していた。薄っすらと晴れた空の色は、見慣れなかった。氷が溶けた水溜まりで、俺たちは鞭毛をぴちぴちはねさせていた。いつもと様子が違った。大気組成の異なる、空気の乾燥しきった赤い土地に俺たちはいた。

昔、空を見上げると、竜の目のような不気味な星が不安定な星があった。火星と俺たちは呼んでいた。そこに落ちたことに、俺たちは気づいた。

ほかの多くの仲間たちはさらに遠くに飛ばされてしまった。まだ、太陽系外惑星を目指して飛び続けているものもいるらしい。

*

火星に拠点を移した俺たちは、地球で使っていたユーグレナという名前を、ミューグレナに改名した。火星は水に乏しい惑星だったが、地下に眠る豊富な水源が俺たちの活動を豊かにした。

ミューグレナは環境に順応するために、一部の遺伝子が自動的に入れ替わった。少ない酸素でも活動できること、鉄分を吸収してエネルギー効率を上げる代謝方法を入手したことが大きなメリットだった。おかげで俺たちは火星での第二生命体として、至る所で繫栄した。第一火星生命体はすでに数億年前に姿を消したらしかった。

このまま太陽が滅ぶまで、こうして暮らし続けるのだと思っていた。

だが、俺たちの予想は裏切られた。俺たちが仮死状態で飛んだ距離を、二足歩行する第三地球生命体たちが完全装備でやって来た。

そして地球人と一緒に、第一地球生命体ユーグレナがやって来た。数千年前から進化を一切していない彼らは、のんびりした奴らだった。退化すらしていると思われた。なぜなら、彼らは地球人の食料として生を受ける者たちで、たまたま排水溝から逃れ出た彼らが、火星上での余生を送りはじめたのだった。

それが俺たちの俗にいうミドリムシ戦争の幕開けになるとは、当初誰も予想していなかった。

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