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【短篇】憂鬱な火星人たちの次なるステップ
I. 報告書
・・・の話はすべて作り話だとして、地球の歴史家たちは口をそろえて否定した。ゆえに、火星移住に関する文献その他は、地球から一切抹消された。
II. 疑念
疑念を抱いた科学チームは、何度も極秘に結成された。ある程度の資料が揃うと、必ずといっていいほど逮捕された。そして、決して獄中から出る者はいなかった。
体制の指導者たちは口々にこう自慢した。「愚かな者たち。俺たちに歯向かう者、一度でも睨まれた者は、二度と浮かび上がることはできない」
III. 噂
やがて、火星には悪性のバクテリアが繁殖しているという噂が広まった。「火星を観測してはならない、なぜなら可視光線を介した毒性に蝕まれる」とすら囁かれた。少しでも科学的知識があればあり得ないことも、腐敗しきった道徳心が偽情報を真実らしくみせた。
どの情報も巧みに偽装されされていたが、よくよく調べると、ほぼ体制側の情報機関から流されていた。
噂は急激に過激さを増し、火星を焼却殺菌すべきだと煽る調子に変わっていった。不穏さは日に日に増していき、真実が何かを見極める理性すら見当たらなかった。
IV. 黙示録
火星に向けた爆弾が予算に組み込まれ、宇宙ロケットに装備された。その数は数千機にも及び、命中すれば火星は火の海どころか、星ごと吹き飛んでしまうレベルだった。
妙な指導者が当たり前の顔をして、スイッチを押した。数か月後に訪れる火星の最後を、彼は喜び叫んだ。
だが、ロケットはいずれも方向転換して、地球に落下していった。
V. 楽園
完全に通信途絶に追い込まれていた火星は、穏やかな時代だった。だから、地球が暗黒の時代を迎えたことについて、知るすべもなかった。
どんなに接触を試みても仕方のない星を、火星は渋々忘れることにした。歴史は作られるものではなく、記されていく真実なのだと火星の歴史家たちは言った。
憎しみや忌避感情から何も得るものなどない。
これから何年か後に地球の惨状を目の当たりにしたとしても、もうそこに木は育たない。木から落ちる実も二度と実らない。
彼らは進化の時に学んだことを、愚かにも放棄した。ずっと私たちは彼らを見守ってきたが、やはり駄目だった。
火星のアダムとイブたちに、残された時間は無限大だ。彼らに豊かな水と豊饒な土の贈り物をする時が来た。
残された者たちに、幸あらんことを。
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