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タテハの長い道のり

勘違いだって説明しているのに、彼女は聞かないんだよな。

どこまで歩いてもなかなか辿り着かない中学への道のりを、僕たちは気まずい空気で並んで歩いている。僕たちの居住区から隣の居住区の中学校までをつなぐのは、荒れ地を突き進む、その一本道だけだというのに。

ほんの些細な言い間違いを、今朝の僕はした。正確には、言い間違えをしたらしい。同級生のカナコはそのことで怒っている。

それまでの和やかだった火星の乾いた空気が、耐えられないくらい熱く感じられた。

*

しらを切ってばかりで、これまでに何度、わたしを傷つかせたと思っているの?

こんな退屈な道を、あんたと二人で歩いてきた理由だって、同じ居住区からのたった二人きりの通学者だから仕方ないって、そう思ってるんだ。トオルのばか。

そんな理由でこれまでの中学生活の二年半、あんたと毎朝毎夕、歩いたりしない。わたしの勘違いだって、そんなわけないじゃん。

今朝のヘアスタイルを変えてみたのだって、わたしは半時間も悩んだんだから。なんてこの日差しは熱くて、すべてを台無しにするのかしら?

*

道のりはまだ半分程度で、今日のペースは少し遅れ気味だ。きっと考えることで頭がいっぱいで、歩くことまで気が回らなくなっているんだ。

いつまで経っても機嫌を直さないカナコの髪が、昨日までと少し違って見えた。記憶にはまったく自信のない僕でも、そのことは間違っていない。

乾いた風が勢いよく通りすぎた時、一匹の鮮やかなタテハチョウが彼女の髪留めにとまった。僕は蝶を払おうと思わず手を伸ばした。

火星の蝶には、ほんのわずかだけれど毒があるんだ。

*

わたしを侮辱したと思ったら、今度は肩を組んで誤魔化そうなんて、もう馴れ馴れしいったらありゃしない。この砂漠のど真ん中のどこに、タテハチョウが飛んでいるっていうの?

わたしは中学生で、あんたも中学生なの。いくらわたしが想っているっていっても、あんたには十年早いわ。

・・・十年は長いか。

すごいつむじ風。同じ中心を巡ってぐるぐる回って、砂漠をふらふらと進んでいく。わたしたちも、火星人から見たら、あんなふうにみえるのかな?

強い風に舞っているものが目に映った。まるで枯葉のようだけれど。

そういうことか。

わたしも謝らなきゃいけないみたい。そうだ、ごめんね。

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