時間稼ぎ
A地点から飛び立った飛行体を高性能レーダーがとらえた。円くて大きくて、柔らかい何かだった。
「今とらえた未確認飛行物体はどこのものだ?」と所長が興奮して言った。
「金属ではない飛行物体は、バルーン系ではないでしょうか?」
「それにしては飛行速度が速すぎる。それに航行の向きを変えた際の急加速を説明できない」
「所長、ひとつ提案があります」と駆け出しの研究員が立ち上がった。「警告信号を送信してみるのです」
「わかった。君に任せよう。全責任は所長の私がとる」
駆け出しの研究員はさっそくキーボードをでたらめに叩いた。そうして打ち出された送信文を所長に見せた。
「なにが書かれているのかさっぱりわからない」
「その通りです」と研究員は堂々と答えた。「これは時間稼ぎを目的にした秘策です。相手はこれを読んで、暗号を受信したと考えるでしょう。暗号の解読に手間取っているうちに、われわれの無人偵察機が未確認飛行物体を確認するという段取りです」
「なるほど。それでは送信ボタンを押してくれ」
*
「所長、これを見てください」と駆け出しの研究員が慌てて飛び込んできた。
「なんだこれは?また君の打ち込んだ、でたらめな信号か?」
「いえ。これはあの円くて大きくて柔らかい未確認飛行物体から、ついさっき送信されてきたものです」
「まるで君のわけのわからない文章そっくりだ」
「そうなんです。恥ずかしながら」
「これにはなにか意味が隠されているのかもしれない。さっそく解析にかけるんだ」
「すでにわれわれの量子コンピュータが答えを出しています」
「どうだった?」
「時間稼ぎだ、べろべろばあ」
でたらめそうな文章を再構築して、意味をもたせて配列しなおす相手のほうが断然一枚上だった。異次元ワープを繰り返す火星人の高度な科学技術には、とても敵わなかった。
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