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奇妙な人工衛星

複数のミニ人工衛星が火星を周回していることに気づいたのは、人類移住後のかなり経過した時だった。どうして、それまで異常な発信物が検出されなかったのかについて、当局はこう答えている。

「発信されている電波らしき信号が、未知の周波数を使用していること、そして人工衛星のサイズが極めて小さかったことの2つが、発見の遅延の原因として挙げることができる」。

確かに、サイズはわずか2センチしかなく、色は黒ずんでいて光沢もなく、小さなスペースデブリにしか見えなかった。

当局が奇妙な人工衛星の回収を急いだのは、危機管理的な理由からだった。火星上の移住者たちは開拓に開拓を重ね、安定した生活スペースを確保した。とはいえ、希薄なシャボン玉の表面に生活しているくらいの、想像を絶する脆さに常に晒されていた。いつ何時、想定外の攻撃があれば、抵抗も空しく一瞬で生態圏を失うだろう。火星でのライフラインの乏しさは、誰に指摘されるまでもなかった。

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回収された発信物はわかっているだけで六つあった。回収前に軌道調査記録をとっておき、また発信され続けている信号を可能な範囲で傍受しておいた。

おそらく六つだけではあるまい、というのが科学者たちの出した答えだった。なぜなら、その軌道から火星を観測した際に、死角に入る地域が少なからずあったからだ。それらの死角をすべてカバーする衛星ルートとその数を、科学者はすでに計算していた。少なくとも倍の数の人工衛星が必要であることがわかった。

ただし、衛星の収集した情報の送信方向が大きな疑問として残った。六機が指す方向がそれぞれバラバラだった。これでは最終結果が一か所にまとまらないので、機能を十分に活かすことができないはずだった。

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動力は太陽光だった。ただしその構造は異様で、分解することも困難だった。さらに判明したのは、年代測定結果の古さだった。2億5000万年近くの過去に作られた奇跡的な遺物であることは、これまでの推測を大きく覆すことになった。

これらの人工衛星は、とっくの昔に活用されなくなった、火星人のスペースデブリにすぎないのではないか?たった十年しか機能していなかったことだって、もちろんあり得る。2億4999万9990年前に宇宙空間に捨てられた、寂しいデブリを今ごろ脅威に感じていた、なんてことも十分に考えられた。

たまたま性能が優れていて、億年単位を生き永らえただけという、ただそれだけのことではないのか?

そうであれば、死角をカバーするのに必要なあと六機の人工衛星が失われていることと、送信方向がズレまくっていることの説明がつく。時間が経過しすぎたのだ。

科学者たちは、ほぼその解釈に落ち着こうとした。

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仮説が定説に落ち着こうとしたその矢先、未知の電波の分析結果のなかに、衛星に対する微弱な着信が含まれていることに気づいた。発信元は常に方角が異なっていて特定できなかった。だが、昨日でも、現在でも、衛星に対する指示がどこかから届いていることは間違いなかった。

おそらく、人類が衛星を捕獲したことについても、すでに相手は察しているのではないだろうか?

火星当局は慌てた。地球の国家安全管理者たちも慌てた。不測の事態を覚悟しなければならなかった。非常事態宣言もしばらく出された。地球上では軍事的な増強もおこなわれ、情報操作を駆使してキャンペーンも展開された。

それから一週間が経過した。なにも起こらなかった。非常事態宣言はあっけなく解除された。

一ヵ月が経ち、一年が経った。それでも、なにも起こらなかった。騒いでいたメディアも、やがて話題にしなくなった。

さらに十年が過ぎて、百年が経過した。ヤバいかもしれないと噂されていた宇宙戦争も、なにか起こるかもしれないと危ぶんでいた恐怖も、みんな忘れてしまった。やがて謎の人工衛星の危機管理について覚えている担当者がこの世からいなくなり、その保管さえ粗雑になっていった。

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愚かだったことは、そうした人工衛星を戦利品かお宝のように、当局指導者のデスク脇にお飾りとして置く習わしができたことだった。ある指導者に至っては、ベッド脇のスプートニクの模型と並べて、謎の人工衛星を1機飾りつけ、誰にも聞かれていないつもりで火星や地球に関する機密情報をやりとりしていた。

すべての危機管理的な情報は、火星人に筒抜けだった。

火星人たちはとても気長だったし、それほど怒りっぽくなかった。だから、聴いていたすべての憎しみの感情や企みは、あまり関心がなかった。すぐに荒っぽい行動を起こさなかったのは、いかにも火星人らしい対応だった。

むしろ、火星人は移住者たちがすごく死に急いでいることが、とても気がかりだった。折角、火星にたどり着いたのだから、彼らの希求する「天国」を現前させることだって、可能なのに。

だから、火星人たちは時おり、移住者たちにヒントを出していた。「火星天国」という喫茶店を出店したことだって、そのアプローチの一環だった。ただ、火星人はそれほど本気で、迷える移住者たちを救いたいとも思っていなかった。

「そこそこ生きていればいい」が火星人たちの愛する言葉だったから。

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