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不思議

息子が欠けた月を観て「まんまる」と言う。

何故か。

教えてもいないのにわかる。

月の本性が「まんまる」だということ。

欠けた月も満月も同じ月であると知っている。

それは認識しているというより、知っている、という感じ。

毎日月を見せているわけでもないのに。

実に不思議だ。

仮説としては、見ているのではなく、観ているのだということ、つまり息子は月を感じている。

目で月の形象を視認しているのではない。

だからつまり、光を見ているのではなく、闇を感じているということだ。

何の闇をかというと、月が浮かんでいるその周囲の闇だ。

闇が際立たせている。

目に集注しすぎると、闇を感じられなくなるということだ。

闇は目の裏、背中、足元からやってくるから、そこを感じられないと、氣が、そこから欠けてくる。

私は月に集注すると、まるい印象を受けるようになった。
(2020年10月31日執筆)

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