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中学生のとき、前の席だったあの子の話

「では、ディズニーランドとディズニーシー、修学旅行でどちらに行きたいか、丸を書いて提出してください。」

地獄の時間がはじまった。

私の通っていた中学校では、修学旅行でディズニーへ行くのが定番だった。
出発する数ヶ月前に投票用紙がくばられ、票数の多かったほうに全員が行くことになる。

「ええ〜どっちにしようかな〜」
「お前どっちに入れた?」
「うわ〜迷うけどディズニーシーかな」

ザワついている教室のなかで、私はどうでもいい選択をするべく、ただ紙を見つめていた。

ディズニーには行きたい。
でも、修学旅行では行きたくない。

先生の話をまったく聞かない男子に、それを見てだんだんイラつく女子たちに囲まれて行くディズニーに、一切の魅力を感じなかった。

もう、白紙でだしちゃおっかな〜。

私は普段、宿題はしっかり出すし、係の仕事もちゃんとこなしている「いい子」だった。
でも、今日だけは悪い生徒になってしまおうか…
口を開いたら「はぁ」とため息がでそうだ。

早くこの時間終わってくれ…と願っていたら、前の席の女の子が、勢いよく体をぐるっとこちらに向けた。

「ねえ、どっちに入れた?」

仲のいい友達はいるけど、多くはない。
普段教室のすみっこで生活している私に声をかけてれる人が現れるなんて、思わず目をおもい切り見開いてしまうところだった。

目を輝かせながらどっちにするのと聞いてくる彼女に「どっちもいい」と素っ気なく答えた。

「じゃあ、ディズニーランドに入れていい!?」

うっきうきなのが伝わってくる、はずんだ声。
なんかもう、どうにでもなれと思って、私の1票を彼女にゆずってあげることにした。

ゆっくり丁寧に、ディズニーランドのほうに丸を書いている。

正直、どちらかというとディズニーシーに行きたかった。
でも、目をキラキラさせて丁寧に丸をつけている彼女を見て、この子のためにディズニーランドが選ばれてほしい、そう思った。
白紙で出すよりも、誰かの心のこもった1票を出すほうが、先生も本望だろう。

結果は、ディズニーシーだった。

多くの生徒がガッツポーズをして喜ぶなかで、彼女はどんな思いをしていたのだろう「」。
自分が行きたかったほうが選ばれてうれしい反面、彼女のことを考えると複雑な気持ちになった。

彼女は、ディズニーシーを楽しめただろうか。

修学旅行にいってからもう何年もたつのに、なぜか投票用紙に丁寧に丸を書く彼女のすがたが思い浮かぶ。

苦しかった中学校生活の、ひとつぶのうるおい。


おとわ

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