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つながり

 コンビニのバイトを始めて数か月経つ。だいぶ業務にも慣れてきたし、職場の人達ともそれなりにうまくやっている。
 しかし、最近になってちょっと気がかりな、というか憂鬱なことがある。数週間前に入ってきた後輩だ。

 彼は口数少なく、お客さんに対しても無愛想で時々店長に注意されている。一緒のシフトになることが多く、まだ業務を覚えきれていない彼に教えることもよくあるのだが、その度緊張する。この子は今口うるさい先輩を疎ましく思っているだろうか、それとも教えてもらったことに感謝してくれているだろうか。つまるところ、何を考えているかわからない子なのだ。
 更に、私が彼を憂鬱に思うのにはもうひとつ理由がある。彼は髪を金髪にしており、耳に穴がたくさん開いていて、出勤や退勤の時に見かける私服は大体黒でなんだかロックかパンクか(詳しくないからわからないけれど)っていう雰囲気。苦手だとか嫌いだとかじゃない。関わったことがないタイプなだけ。だから、接し方がわからない。
 何か一つでも共通点を見つけられればもう少し打ち解けられるのではないか。しかし彼は世間話を好むタイプでもないし、シフト上いつも私より先に退勤しすぐに職場を去る。どうしていいかわからず、彼と比べたら喋りたがりの私はちょっと、結構、かなり悩んでいる。うまくいっていないかもしれない人と居ると息が詰まる。私が楽になりたいがために彼に負担をかけるのもよくない。人手が足りていないから、うっとおしい先輩がいるから辞めますなどと云われたら大変だし。

「……さん」

 そうしてぐるぐる考えている時に、突然彼が話しかけてきた。名前部分が聞き取れなかったが、店内には彼と私しかおらず、私に話しかけたのに違いなかった。どきっとして「はいっ?」と裏返った声を出してしまった。

「休憩じゃないすか」
「あ、ああ……」

 時計を見ると確かに指定された私の休憩時間を一分過ぎていた。礼を言って休憩処理をし、バックヤードに移る準備をする。同時に入店音がして振り返る。

「ああ、お疲れ様です」

 私の休憩時間に合わせて来るシフトになっていた先輩だ。遅刻じゃないか、と思ったけど言わない。結局彼がバックヤードで着替えて出てくるまでの五分少々をレジ内でだらだらと過ごした。金髪の後輩はちらちらと時計を気にしていた。彼はあと三十分で退勤だから、時が早く過ぎることを祈っているであろう。先輩と入れ替わりでバックヤードに入る。休憩時間が少し削られたことに苛立ちがあるが、大した問題ではない。フルタイムで入っているから、私の休憩時間は一時間もあって、何をするか迷うくらいだった。
 廃棄のコンビニ弁当には飽きていたので、自分で用意したお弁当を開く。特に無感情で散らかったバックヤードを眺めて食べる。
 ふと、乱雑に置かれた従業員の鞄に目が行く。あの子の鞄は何かいかつい柄が書いてあるのですぐわかる。キャンバス地の、大きな黒いトートバッグ。何か、共通点……と思って、悪いとは思いつつ彼の鞄に近づいた。キーホルダーでも付いていれば彼を知る手がかりになるかという考えで、鞄を開けようとまでは思っていなかったのだが……ファスナーが開いているのに気づいてしまった。
 不用心だな、見知った人しか入らないとはいえ何か盗られたらどうするんだ……と、まさに盗ろうとしているかのような私を嗤いながら、お節介で鞄を閉めようとする。
 と、覗いている中身に違和感。

「本?」

 思わずつぶやいた途端、バックヤードへ足音が近づいてきて慌てて弁当を開いた机のほうへ戻った。丁度その瞬間扉が開く。入ってきたのは、後輩と入れ替わりに出勤するはずだった店長だった。

「お疲れ様です」
「お疲れ様。ごめんね、休憩中だったか。いいよ、いいよ」

 弁当を片して席を開けようとする私をいさめた店長は、ふうと特に無意味な溜息を吐いて制服を纏った。「たまたま早く着いちゃったからさ、早く出ちゃうわ」と微笑んで、さっさとバックヤードを出て行った。
 弁当を食べ終わってぼうっとしていた頃、というと店長が去ってからたかだか十分なのだが、例の後輩が入ってきた。私はまたどきっとして「あれっ、もうちょっとじゃなかった?」と聞く。

「……店長が、先に帰ってもいいって言うんで」
「へえ……」

 彼は散らかりすぎてジャングルのようなバックヤードをずんずん進み、制服をさっさと脱ぎ片付けて、自分の鞄を手に取った。私はつい「あっ」と声を出してしまう。彼が不審そうに見る。

「あっ、あの。さっき、篠崎くんの鞄開いてて、ついファスナー閉めちゃった。ごめん」
「いや、いっすよ」
「そ、それでさ、その時見えちゃったんだけど。本、入ってたよね。結構読むの?」

 しまった、口が滑った。嫌がられたらどうしよう。
 彼は鞄を持ったまま私をじっと見下ろし、たっぷり数十秒黙った後……

「読みます。好きなんで」

 と返した。私はどっと安心感に包まれ、細い息を吐く。

「……私も好きなんだ。読書。小説しか読まないけど」
「俺もすよ」
「今は何読んでるの?」
「ええと……」

彼は私に歩み寄り、わざわざ鞄を開いて本を取り出し見せてくれた。

「ああ! これ私、読んだことあるよ。いいよね。作者の文が好きでね、他のもおすすめ」
「まじすか。俺、もうちょっとで読み終わるとこすけど、面白いなって」
「本当? 他の読んだことない? 迷惑じゃ無ければ貸すよ」
「いいんすか。あざっす」

 明らかに嬉しそうに弾んだ声に、私は喜びのあまり立ち上がってしまいそうだった。

 あった、あった、共通点! しかも本の趣味が合う! これからは彼と本の話ができる。和解できそうだ。喧嘩したわけじゃないけど。

「でも、篠崎くんが読書って、悪いけどなんか意外。ごめん。偏見だ」
「いえ、よく言われるんで。俺こういう見た目ってか趣味だから、本の話できるダチとかいなくて。山崎さんが本好きで嬉しいっす」

 ああ、憂鬱は歓喜に変わってしまった! もう踊り出しそうなほど嬉しくて「私も嬉しい!」と大声を出した。彼は少し驚いて、ふふっと笑った。笑ったのも初めて見た!
 そのまま、いつもすぐに帰る篠崎くんは何十分も居残って、私が休憩から戻る時になって一緒に出てくることになった。空気の変わった私達に、先輩と店長は不思議そうな顔をしながら「お疲れ様~……」とひょろひょろした声をかけてくれた。
 会釈し、店を出る。自動ドアが閉まる。
 私達は彼らの変な声に対してくすくす笑った。


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