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わなにかさま(一)

1

「わなにかさま?」
「そう。わなにかさま。おでまし。こっち来てまだ半年も経ってないのにね。この前っていつだった?」
お母さんは、布団のないコタツに座っているおばあちゃんとぼくをかわりばんこに見ながら話している。
もう夏だけど、おばあちゃんちは一年中コタツを出している。あ、もうぼくんちか。


「わなにかさま…、またおでましたか。…この前もなにも…」
おばあちゃんの顔がちょっと怖く見えるのは、コタツの上に敷いてある白いビニールのテーブルクロスに反射した光が下から照らしてるからだ。
と思う。
おばあちゃんの顔がなんだか怖いので、ぼくはさっき食べたスイカの種が三つテーブルクロスにはりついているのを見ていた。

「最近は多いだよ。一年に二回ってこともあるだよ」
「えー!多いねー、前は全然ない年もあったら?」
なんの話だ?
「…こんだはうまくお帰りいただけるといいだけんが。キミエはわなにかさまぁ見たこたにゃあら?」
「見ちゃにゃあさ、女子だもん。六年ときクラスの男子が行ったから知ってるだよぉ」
「ほ~だっけか?」
お母さんとおばあちゃんがこっちの言葉で話し始めるとあんまり意味がわからなくなる。
でも、「わなにかさま」って?「様」?
行くものなの?来るものなの?

「だけんどうするかぁ」
おばあちゃんがなぜかぼくの顔を見ながら言った。
「おじいちゃんあんなだしねぇ」
お母さんもなぜかぼくを見つめながら、隣の部屋に続くふすまをアゴで指しながら言った。
「だぁめだめ。おじいちゃんなんか、出られるもんかい」
「そりゃそうだら」

隣の部屋ではおじいちゃんが寝ている。時々起きてくるけどだいたいは寝たきりだ。
みんな「おじいちゃん」て呼んでるけど、おばあちゃんのお父さんなので、ぼくから見たら「ひいおじいちゃん」だ。
引っ越してきた日にお母さんとおばあちゃんは「さすがにもう長くない」と笑いながら話していた。なぜ「さすが」なのかはよくわからないけど。

「だけんどうするかぁ」
おばあちゃんはまたぼくの顔を見る。
パン!
「痛てっ!」
お母さんはぼくの肩を叩いた手でそのままぼくの肩をもみ始め、顔を近づけるとこう言った。
「ミキオくん、男になるかね」
「はい?」
その時。
裏の林でひぐらしが鳴き始めた。

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