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8月1日、ハイドンの交響曲を"ゲーム"、"楽しみ"として見つめてみた!

ジョヴァンニ・アントニーニのプロジェクト、"HAYDN 2032"、最新盤、NO.12、"LES JEUX ET LES PLAISIRS"... バーゼル室内管の演奏で、ハイドンの61番、66番、69番の交響曲。そして、かつてはハイドン作とされた"おもちゃの交響曲"も...

交響曲、それは、アカデミックなクラシックを象徴し、頂点に鎮座まします音楽形式だけれど、"交響曲の父"が、その交響曲を育てていた頃というのは、時にエンターテイメントですらあった... いや、改めて、"LES JEUX ET LES PLAISIRS(ゲームと楽しみ)"として、ハイドンの交響曲を聴いてみれば、"ゲーム"、"楽しみ"であったことを再発見させられる!

1776年の春(四旬節開け!)、ハイドンが取り仕切る、エステルハーザ(エステルハージ侯爵家の邸宅... )の劇場にて、連日の出し物の前に演奏する目的で作曲されたという、61番、66番、69番の交響曲を取り上げるのだけれど... てか、交響曲は前菜ですか?!って、いろいろな意味で凄いなと... でもって、その前菜感が、かえって効いてる?

交響曲をガッツリ堪能するために書かれた、後のパリやロンドンからの委嘱による名作とは違い、シンプルな前菜交響曲(叱られそうだけど、こんな風に呼んでしまいますよ!)。シンプルだからこそ、その構造はより明確となり、オーケストラの中で、様々にゲームみたいなやり取り(って、これこそが、交わり響くってことだよね... )が繰り広げられるの、分かり易いのかも...

いや、いい具合に肩の力が抜けていて... だからこそ、古典派交響曲の端正さ、際立ち、ハイドンのウィットは、すーぅっと浮かび上がり、繰り出される音楽の楽しさ、際立つ!そんな、61番、66番、69番... 下手なことは言えないけれど、前菜交響曲こそ、ハイドンのおもしろさ、強調されるように思えてしまうのです。

という、"LES JEUX ET LES PLAISIRS"を聴かせてくれた、アントニーニ、バーゼル室内管。彼らならではの、クリアかつ息衝く演奏、いつもながら光る!一方、シリーズ、積み重ねての確かな洗練も窺えて... 例えば、"おもちゃの交響曲"の、おもちゃがワチャワチャしているところ以外の麗しさ!おもちゃの突飛さをさらりとかわす、ゲームな感覚と、そこから生まれる楽しみ、大人な魅力に魅了された。

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