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第11回 エル・セビチェロ 祐天寺

ぼくは南米に行ったことがない。アメリカ大陸ではせいぜいメキシコまで。長時間のフライトに耐えられるうちに一度は訪れてみたい国々だ。未だ解明されない文明が残り未開の地が広大に広がる南米。食に関しても、肉好きに言わせるとアルゼンチンが最高だと聞く。それは肉の質というより、欧米の先進国と異なり薪や炭を使った古来の手法を守っているからなのだそうだ。

南米はもとより、すでに3年近く日本から一歩も出ていない。そんなぼくの郷愁をなだらかに収めてくれる店と出会った。祐天寺の『エル・セビチェロ』。ペルー料理店である。

世界の料理トレンドは、かねてからペルー料理に注目しているようだ。東京でもペルーの有名シェフが監修するレストランができたと聞く。いっぽう『エル・セビチェロ』は、そんな高級店とも、レシピ本を頼りに見様見まねでペルーの国旗や看板だけを掲げる店でもない。南米で育った経験のある日本人が、現地に骨を埋めるつもりで料理修業を重ねたが、諸事情で日本に戻り日本で家庭を持つことで、ペルーという国との付き合い方や繋がりの視点を変えた、という経緯なのだ。

オーブンキッチンでのワンオペ。シェフの谷口大明さんは、もちろんペルー料理への愛情や知識は半端ないが、それと同時に、講談師でも通用しそうな切れのあるいい声で完結に説明をされるので、料理の魅力も二乗となる。

ペルー料理といえば、まずは「セビーチェ」との認識はまさに正しい。店名のセビチェロとは、セビーチェを作る人という意味で、谷口シェフもちゃんとしたペルーのセビーチェを食べてほしいと、この店を開いたと最初に語る。今やフランス料理の一皿としても登場するポピュラーな料理だ。しかし、『エル・セビチェロ』のセビーチェに出会うとまったく概念が変わる。

『エル・セビチェロ』のセビーチェは、一般に称される魚介のマリネではなかった。誤解を恐れず言うと、塩や酸で締めるなど独自のスペシャルな仕事が施された刺身だと思う。薬味は玉ねぎとパクチー、ツマは、日本ではなかなか出会うことのできない現地のイモとトウモロコシ。メインとなる魚は、日本の魚を極めたい一心で和食店でも研鑽を積んだ成果を発揮。きるだけペルーで食べられてる魚に近いものをこちらで探すという力の入れようだ。ソースとして使う柑橘系は量を惜しまないと言うが、上質ゆえか口当たりが柔らかく、ベースのダシとも絶妙に馴染む。思わずお箸でいただきたくなつた。

もう一つの代表料理としては「ロモサルタード」がある。一般には「牛肉、玉ねぎ、トマトとポテトフライ炒め」と言われるらしい。
醤油や酢を感じるので、ほとんど中国料理との薄い印象しか過去にはなかった。いっぽうこの店では、ベースをかたどる酸味や黄唐辛子、コリアンダーの風味が、確実に中国のそれと一線を引いていた。

エスニックと一口に括られ使う素材や調味料が似ていても、東南アジアのものとは大きく違う。これが真の南米料理なのだ、との発見や納得は、海外に行きたい今だからこそ、ぐいぐいと向こうの世界に導びかれ引き込まれ、おのずと帰り道の浮遊感は、すでに国際線搭乗中のようだった。

エル・セビチェロ
東京都目黒区五本木2-15-3
070-4087-4146

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