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第2回 Takumi 西麻布

前回もいきさつを書いたが、最初に大人の食べ歩きというタイトルと出会ったとき、大人という切り口がシンプルで素晴らしいと思った。
大人と子供の違い、それは想像力の有無。これからどんなことが起こりうるか、この発言や態度は相手にどのような影響を及ぼすか、なにか不可避なことが自分に降りかかった時どう対処するか。想像できるのが大人である。そして、そんな大人に向けて文章を書きたいと思っているし、そんな大人のもとに届くことを願う。ここで言う大人は、いい年をした人との意味ではない。レストランに代表されるパブリックな空間で、周りに不快な思いをさせない状況を想像しつつ、正しいマナーや振る舞いができる人のことである。

東麻布の鮨店「天本」でのこと。一人の男性客が大きな声で、「今日の昼に『鮨さいとう』に行っててさ、すばらしかったよ」と、見ず知らずの隣のカップルに話しかけていた。これが食べ歩きにおける想像力欠如の顕著な例だ。「天本」の男性客ほどひどくなくても、多かれ少なかれ、食べ歩きが食べ歩き情報の交換場所となっているのは否めない。大人の食べ歩きは、目前の料理と目前の人から決して目を背けてはならないのだ。

とはいえ、人は情報が好きだ。常に情報に欠乏しているし、情報あるところに群れたがる。食べ歩き情報の交換や次回以降の約束が、唯一のコミュニケーションとなっているあやういグループも散見する。であれば、卓上に情報が溢れていたらどうだろう。今回紹介するフランス料理店「Takumi」は、大槻卓伺シェフからのメッセージやアイデアが、テーブルの上に満ち溢れ、情報として降り注ぐ。一皿の料理が届く前に、はがき大のカードにびっしりと料理や食材の説明、シェフの考えや思い出が書かれ、さらに調味料や食材サンプルを詰めた小瓶が並ぶのだ。客は、料理が運ばれる前に、それを読み、小瓶を目でたり嗅いだりしながら、ひとしきり大人としての想像を巡らせ、それに基づいて会話をする。正解が登場して、ああそうだったと納得したり、自分の想像とは違って悔しがったり・・・。食べた後もテキストが残るので回顧や復習も十分。これってなんでしたっけとサービスの方に質問するのは多少はばかられるが、そんな確認も簡単にできる。大槻さんがそこまで意識したかどうかは詳らかではないが、食べるときは無言、食べ終わると途端に情報交換に終始してしまう枯渇したテーブルにもたらされるお店からのプレゼントは、革命と言っていいほどテーブルでの時間の過ごしかたを変えるような気がする。

大槻さんの経歴はネットを調べれば簡単に分かること。日本で修業経験がなく、しかも関西人なのに彼は西麻布を選んだ。「レッドシューズ」や「ボヘミア」に通っていたぼくにとって、西麻布には特別な郷愁がある。しかし「Takumi」のある西麻布1丁目界隈は特に、当時の隆盛を感じることはもうない。でも、やはり「勝手知ったる」で、歩くだけでも体が喜ぶのを知り、気分は上がり続ける。

料理は、一枚一枚のカードに大槻さんの思いと食材を載せて届く。世間一般ではモダンフレンチともとらえられるが、確信でも融合でもなく、きちんと基礎に裏打ちされた折り目正しい正統派のフランス料理である。そこに和洋の食材を科学的に合わせることで、たぐいまれな調和を創り出す。職人でもクリエイターでもない、ただただ大槻さんの真面目さ聡明さが光るコースだと思った。ワインはペアリングにした。料理の複雑さに比して、シンプルで王道で高額な、外れのないもののラインナップに少し物足りなさを感じた。

「Takumi」には、日本語堪能なフランス人のサービススタッフがいる。この店の「らしさ」の一つだろうか。彼はフランスはアルザス地方のコルマール出身と言った。余談だが、一度訪れたその町は、歴史に彩られた素晴らしい佇まいだった。目を皿のようにして星付きレストランを漁るわけでもないので、ふと、若者で賑わうこの町のワインバーを覗いてみた。すると、アルザスワインに精通する店のスタッフから、訪れるべきワイナリー情報やショップカードまで提供いただき大感謝。翌日からのワイナリー巡りに大いに役立った。

Takumi
東京都港区西麻布1-11-10 ビルマーサ 1F
050-5594-5442


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