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ざわつく

「今、M駅を通過」
帰宅途中のただの報告LINE。
ずいぶん中途半端な場所からのお知らせは、特に意味のない気まぐれ。
それなのに、不意打ちで目にした駅名に心がざわつく。

何年も利用していた私鉄の、毎日通りすぎていた
各駅停車しか停まらないその駅に、降り立ったことはない。知り合いが住んでいるわけでもなく、特に縁もなく、普段は思い出すこともなかったのに、突如飛び込んできた地名で、景色が浮かび上がる。
胸に懐かしい色が広がる。

夜に浮かぶ、大規模マンションのたくさんの窓。
灯る明かりと見知らぬ暮らしを想像しては、人恋しくなった通勤電車。
あの頃の孤独と疲弊に懐かしさすら感じる。

年を重ね、描いていた未来とは少し違う場所にいる。

電車の窓に流れていった灯りの色は今、私の中にある。
そのかわり、自分の中にあった、もっと濃くて強い色を薄めて生きている。
心がざわついたのは、そのことを突きつけられたから。
夜空の色に負けじと掲げていた、強くて輝かしい光の色を思い出し、揺れる。
私、こんな色の絵の具を持っていたんだ。

後悔していると言ってしまうのは不本意。
満足していると言ってしまうのも不本意。
幸せも不幸せも、その日の気分や出来事に左右される、曖昧なもの。

何ひとつ否定せず、持っている色全てで描く。
古びたお手本の絵に、とらわれないで生きたい。

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