見出し画像

現実のレズビアンに目を向けないGL作品『作りたい女と食べたい女』52話の「ネットの反応」


第52話が更新されたが…

 良い部分が本当に1つもない漫画『作りたい女と食べたい女』(以下、『つくたべ』)の52話が公開され、あわせて次回から不定期更新になることが発表されました。

 前回の休載告知の時は「体調不良」という説明がされましたが、今回に至っては特に何もありません。

 連載終盤期に絵の荒れがひどいことから「体調不良が続いているのでは」と想像する人もいたようですが、政治活動という消費するエネルギーが膨大なものに随分と熱心だったりしたので、もう「体調不良」は使えないという自覚はあるのではないかと思います。(このあたりは以前のnote記事にて書きました。)


思い出される編集者インタビュー

現実のレズビアンに目を向けたGL作品を『作りたい女と食べたい女』編集者インタビュー - wezzy|ウェジー
https://web.archive.org/web/20211001083017/https://wezz-y.com/archives/93488

(オリジナルはサイト閉鎖により閲覧不可能となったためアーカイブ)

 さて。本note記事のタイトル元ネタが上記の編集者インタビューです。BL
と比べて百合ジャンルは遅れてて現実の同性愛者を透明化させてるからレズビアンをレズビアンとして描かなくてはとかなんとか、思わず「通報」したくなるようなことが書いてあります。

 wezzyの編集者インタビューもけっこう古くなったのでよく知らない人も増えてきているかと思いますが、「透明化」という言葉は元々不透明だったことを明瞭にするという意味で辞書に載っていたりするので、『つくたべ』批判にカッコ付きで「透明化」という言葉が出てくるのは、そのあたりをおちょくっている表現になります。(この点も当方のブログで過去に書きました。)

 英語圏では人権問題で「invisible」をよく使うようなので、おそらくそこから「透明化」としていると思われますが、YouTubeで検索すると透明人間になるという意味で使ったり、グラフィックソフトで部分的に透過処理するという意味で使っていたりもするので、この先は日本語でも似たようなことになるのかもしれません。


例のごとくおかしい第52話

 では、この最終話となる52話を見ていきましょう。この52話も例のごとくひどいところだらけで、なおかつ連載全体の流れとしても「野本ユキがアップデートされていない“シスヘテロ”の女たちに傷つけられる→春日十々子が慰める→野本ユキが“シスヘテロ”の女たちに(以下省略の無限ループ)」という本来の売りではないはずの部分でループ展開化するという始末です。

 52話にしても、1つの記事にまとめきれないぐらいにおかしな箇所だらけです。せめて最後ぐらいは食事シーンで締めればいいのに、安い花を買ってきてご機嫌取りという、どっかのDV夫がやってそうなことを描いて終わりです。

ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 4
2023年6月15日初版発行 背表紙+帯を撮影

 どうも不思議なことに『つくたべ』は食べ物を愚弄しないと気がすまないようで、単行本の帯にもタイトル詐欺のようなフレーズが使われておりますが、まさか食べ物が花より下の存在になるとは誰も思わなかったでしょう。


とにかく荒唐無稽な第52話

 しかし、52話で1番の問題は、荒唐無稽な描写から『つくたべ』という作品が現実のレズビアンに目を向けていないことがより鮮明になったことです。

たくさん悩みましたがここに書くことに決めました。私はレズビアンで、いま女性のパートナーと同棲をしています。たくさんの料理を彼女と作り、たくさんの料理を彼女と食べました。ここに載せた写真はすべて彼女との日々の大切な記録です。それをなかったことにしたくなくて、記しておくことにしました

ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』第52話より
野本ユキがSNSに投稿した文章

荒唐無稽その1 何故かバズる匿名一般人料理アカウントのカミングアウト

ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』第1話の最初のコマより

 野本ユキのアカウントは別にレシピを紹介しているわけでもない、どうがんばって見てもただのつまらない一般人アカウントです。NHKのドラマ版では確かフォロワーが2桁だったように記憶しておりますが、それぐらいがちょうどいい程度で、第52話のようにあそこまで注目される説得力がこの漫画には皆無です。

荒唐無稽その2 たった1度のカミングアウトで不特定多数から猛反発を食らう

 『つくたべ』という漫画はレズビアン嫌いとミソジニーがきついので、おそらく作者の人は一度も調べていないと思いますが、レズビアンカミングアウトであそこまで叩かれる例は今どき滅多に見ません。上記の人はテレビに出演していたタレント事務所在籍の人ですが、検索してもカミングアウトに対して『つくたべ』ぐらいの叩きにあってた形跡は見つかりませんでした。(カミングアウトが2017年のことなので、あっても消えてるのかもしれませんが。)

 ですので、野本ユキの投稿があそこまで否定的意見でごった返したのは、単に元々野本ユキ自身が嫌われていたせいであり、それを同性愛嫌悪になすりつけるのは現実の当事者を無駄に不安にさせるだけの有害極まりない描写です。

荒唐無稽その3 バズった設定のくせして誰も反論に行かない無能SNSユーザー

ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 5
2024年2月15日初版発行分 カバー裏より

 『つくたべ』という漫画はやたらSNSに関する設定には熱心なのに、この52話はSNSの解像度が妙に低く、叩きに反応してそれを叩く投稿というSNSのあるあるが一切出てきません。上記のように、矢子可菜芽はヘビーユーザー設定ですし、普段の言動も見たら不愉快ユーザーに対して引用リプを送るぐらいあっても不思議ではありません。

 しかし、どうしたことでしょう。矢子可菜芽が取った行動は「通報」という何の解決にもならない行動です。矢子可菜芽が本当に「ここにいるぞ!」を実践しているのであれば、こういう時こそ引用リプで「ここにいるぞ!」しているはずなのです。いや、しているはずどころか、「ここにいるぞ!」の最大の見せ場と呼ぶべきタイミングです。これで本当に動画にもチャレンジできるのでしょうか。

 SNSに詳しくない春日十々子なら「通報」が有効だと納得できるかもしれませんが、矢子可菜芽同様にヘビーユーザーである野本ユキはそんなの何の解決にもならないとすぐに気づくはずです。にも関わらず「みんなありがどう!」と満足してしまう荒唐無稽さは一体何なのでしょうか。


もはや決定的。作者の「現実のレズビアン」に目を向けない差別的スタンス

思想強すぎ
(推測)ファンタジーだよ
(推測)興味ない
隠れてろ
声高に叫ぶな

ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』第52話3ページ目より
野本ユキがSNSに投稿した文章に対する好意的ではない反応をまとめて書いたもの
隠れているため、一部筆者推測。まったくわからないものは除外。

 そして、決定的な大失敗が、当事者のカミングアウトに対して「思想強すぎ」という謎コメントです。差別主義者でさえ当事者相手に「思想」とか、なかなか言いません。差別主義者がよく言うのが「同性愛はただの性嗜好」系の差別発言であり、「思想」はどこから出てきたのでしょうか?

たくさん悩みましたがここに書くことに決めました。私はレズビアンで、いま女性のパートナーと同棲をしています。たくさんの料理を彼女と作り、たくさんの料理を彼女と食べました。ここに載せた写真はすべて彼女との日々の大切な記録です。それをなかったことにしたくなくて、記しておくことにしました

ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』第52話より
野本ユキがSNSに投稿した文章

 もちろん「思想が強い」という言葉が出てくるラインは曖昧模糊なものですが、私が読んだところ、ここに「急にそういう思想を出してくる」(第52話1ページ目の5コマ目下段)という誹謗中傷が付く理由がよくわかりません。野本ユキのカミングアウト文は「レズビアンである」「女性パートナーと同棲中である」「このアカウントに投稿した写真がパートナーとの思い出であることをハッキリさせたい」の3点しかありません。戸籍制度がどうだの憲法がどうだの、結婚制度そのものがどうだの、そういった政治思想の話なんてまったくありません。

 そもそも同性愛差別主義者は「同性婚は同性愛者にとっての得」という理解ぐらいは大抵持っているので、一気に「思想」へとつなげるのには無理があります。元々していた「政治系のつぶやき」がどういったものか、読者には一切わかりませんが、バズって以降に好意的ではない反応が来たことから、普段の政治系投稿はほとんど読んでいないSNSユーザーの可能性が高いはずです。

 これは作者の人自身が同性愛者の人権問題を「思想」としか捉えていない証左であり、現実のレズビアンに目を向けていないのが漏れ出てしまった結果でしょう。同性婚を求めている現実のレズビアンは、基本的にパートナーが亡くなった時などに困ってしまうから同性婚を求めているわけであり、そこに思想があっても優先度は高くない人が多いはずです。

 これがミステリー作品だったら…

「ゆざきさん、あなたは決定的なミスをおかしました。レズビアンのカミングアウトに『思想』という中傷をつけましたね。でもね、レズビアンの人は、『思想』があっても、『思想』がなくても、レズビアンなんですよ。あなたは同性愛者の人権問題を『思想』としか思っていなかった。だからつい『思想』と入れてしまった。つまり、あなたにとって現実のレズビアンは『思想』のネタでしかなかったんですよ。今まで周囲を騙してこられたのに、惜しかったですねぇ。残念でした」

…と、探偵がとどめを刺し、ちょうどいいタイミングでぞろぞろやって来た警察の人たちがゆざき容疑者を迎えてめでたしめでたしであります。まあ、現実はフィクションのようにはいきませんが。


で、結局あれは何だったのか

 そういえば、作者も読者もきれいさっぱり忘れちゃいましたが、16話の「ネットでレズビアンを検索したらポルノ情報!」は結局何だったんですかね?

ゆざきさかおみ:著 『作りたい女と食べたい女 2』 ver.001 第16話より

 この上記の引用部分の理論で言えば、52話の好意的ではない引用に「ちょっとやってるところ見せてよ」みたいなのも入ってくるはずなのですが、思想統制されたかのように好意的なのと非好意的なのとで強く2極化されているのは一体何故なのでしょうか?

 まあ、レズビアンを気持ち悪いとしか思っていない人にはどーでもいいんでしょう。



この記事が参加している募集

#マンガ感想文

19,984件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?