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聖夜。性夜。

 クリスマスがくると思い出す。仏教の尊師に、娘さんとどのようにクリスマスを過ごすのか、立場的に考えることと何を行うのか? を尋ねたことを。わざわざ山懐の人けのない本部まで車を走らせた。雷が鳴り、突然の豪雨に見舞われた日没で、サスペンス映画の幕開けのような道中に、口の中がアシタバを含んだみたいに苦くなった。
 クリスマスがくると思い出す。駆け出しライターのころ、担当編集者に、クリスマス特集で聖夜の性夜の思い出を企画している、言っていることはわかるね、アンカーマンが原稿を仕上げるから、箇条書きで、50本(50人分)とってこい、と司令が出たことを。そんな質問に答えてくれる女の子なんているわけないと思っていたら、ナンパもどきの突撃取材に、ヨネスケの愛嬌を重ねて微笑ましく同情したのか、加えて出版社名に絶大なる信頼感なんかを寄せちゃって、防御はいとも簡単にほどけた。
 もしかしたら、とも思った。オレ、ナンパの才能、あるんじゃね? 
 まさか。身の程は充分すぎるほど知っている。仕事のもつ推進力を借りなければ、紅ならぬしがない▼▼▼▼飛べない豚に成り下がってしまうことを。

 駆け出しだったとはいえ、ライターの端くれ。子供の使いでもこなせる箇条書きではプライドが許さなかった。すべてのコメントにその時持てる言い回しや表現を駆使して、文章としてシュリンクしてその塊をどさっと提出した。
 最後に口説きの妄想シーンを『創作』としておまけでつけた。取れたコメントはあからさまではあったけれども、既知に富んでいるとは言い難いものばかりだったから。

「聖なる夜、あの神様も言っていたじゃない、右の乳を吸われたら左の乳も吸われよって」
「ばか」
 それが口説かれ文句でした。(22歳 東京在住 架空の苗字のない子さん)

 取材で取ったネタは塊ごと採用されたが、最後の創作ウイットは切り捨てられていた。取材に食いついてきたコメントは根こそぎ誌面に掬い取られたけれども、出た杭は既読無視というハンマーでぶちかまし、打ち返されたということだ。右の原稿は採用されたけれども、左の原稿はゴミ箱に捨てられたということだ。右を打たれたら左を差し出すあの説話とは、物語の収めどころが違っていた。ただ通じるところもわずかにあって、担当編集者は、しがないフリーライターにとっては神様だったのであった。

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