見出し画像

スターティングブロックを作る。

 去来するひらめきは秋空けるトンボのように素早くて、追う間もなく思惑の網からするりと逃げていく。すれ違った瞬間に、どこか遠くの人の影を見るような思いに駆られるも、絵合わせの最後のピースがどれもはまらず、誰ともつながらないことに途方に暮れて、直後、郷愁を喚起したことさえ忘れていくみたいにして、ひらめきはすぅぅっと脳裏の幕下に消えていく。

 それは、本体に先だたれた抜け殻。果肉をカラスに喰われた果実。「なにかひらめいたような」中身のない残滓が、他人の残した透かしっ屁のように臭くしつこく尾を引いていく。
 
 くそっ。
 
 悪態つくも後の祭り。終わってしまったものに未練を抱いても、そこにはもう実態はない。
 
 書き残す手段をマルチにかまえたのはそうした失敗を繰り返してきたからこそ。
 書き損じの書き直しはひらめきを逃す躓きである。誤変換なら、きっとあとで気づくはず、そう固く信じてひらめきが逃げてしまわないうちに追いつくことを考える。綴る速度がひらめきに到達しなければ、音で録る。録音は獲物を未来で捕まえる事前に仕掛けた罠のようなもの。ひらめいたものを湧いて出るそばから捕獲できる機動装置。
 
 日にいくつ生まれてくるかわからないひらめきは、その6割がたは捕まえてカプセルに入れてある。蓋を開けば刹那ごとに生まれたひらめきが蘇る。時を経て味の変わるものもある。熟して甘くなるものは滅多にお目にかかれぬが、発酵して旨みを増すものが中にはある。論外なひらめきがもっとも多い。
 
 絵画も小説も、作品と称されるようになるものは、取るに足らないひらめきを足場に構築されていくものだ。たくさんの空まわりをしたのちに、最適なギアで走り始めることができるようになるのだと思う。
 
 空転に焦れてはいけない。それは未来のある一点で駆け出すためのスターティングブロックを固定するための足場。足がかりなくして、力は発揮されることはない。
 
 


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?