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【二輪の風景-11】回帰。

 どうも心は、都会から消えていった景色の中に帰りたがっているらしい。
 都心は確かに便利だ。コンビニもあればスーパーも選べる。財布を落とせば交番が預かってくれることもあるし、封書の切手代がわからなくても郵便局へ行けば担当者が教えてくれる。電車の時間に合わせなくても待てば来るし、手を上げればタクシーも止まる。ハンバーガーだって気分でお店を変えられるし、新鮮な寿司がいつでも食べられる。ほかにもいろんなものがある。便利は、都会に勝るものはない。

 だけど、ないのだ。あってほしいものが、ここにはない。

 単純なことだったのに、どうして今まで気づかずにいたのだろう。開眼の遅さに、我ながら情けない。
 いや、足枷を引きずっていたことで、歯を食いしばざるをえなかったせいなんだ。踏ん張れば、自ずと下を向く。踏みしめる大地の荒さ具合を確かめて、踏み出す一歩ずつに体重乗せて、よっこらしょ、といった具合にね。そんなふうにして歩き続けてきたものだから、ふう、とひと息ついたら空見上げてた。空は、穏やかだった。ちっとも忙しくなかった。涼しい顔で笑っていた。

 昆虫にひとつとったって、都会の虫は気味悪い。蚊に蛾にアシナガバチに黒いカサコソと漁るやつらで満ちている。鼻筋通ったカブトムシもいなければ、揺れる穂をかわす赤トンボもいない。そっとのぞいたその先に、メダカの学校も見当たらない。
 ここはありすぎて、あるべきものが追いやられている。
 都会に生まれたなら、死んでいくその時に、故郷で死ねると安眠へ向かえただろうか。都会以外を知らなければ、比較して悩むことはなかっただろうか。だけど一度知ってしまったら、まとう空気のやさしさに、心をそそのかされずにいられない。

 我が意志で都会のドアを開け、便利のぬる湯にとっぷり浸らせてもらったけれど、このまま喧騒と物騒にさらされながらの毎日じゃ、いずれ息が詰まってしまう。窒息してしまうその前に、田舎に引っ越してしまおう。今ならまだ間に合う。人が住まなくなった田舎ではだめなんだ。人の住む田舎へ。

【それではみなさん、ごきげんよう】


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